毎年6月の「プライド月間(Pride Month)」では、LGBTQ+(レズビアン、ゲイ、バイセクシャル、トランスジェンダー、ジェンダークイアなどの性的少数者)の権利について啓発するイベントなどが開催されるが、今年は「黒人の命は大切(Black Lives Matter以下、BLM)」運動と融合しているケースも多く見られる。
BLMは、5月25日に米ミネソタ州ミネアポリスで黒人男性のジョージ・フロイド(George Floyd)氏が白人の警察官に首を押さえつけられて死亡したことを受けて、世界中で起きている抗議デモだ。黒人や有色人種の人々のための人権運動ではあるが、その中でもLGBTQ+の存在が見落とされがちなことは以前から指摘されており、最近では「全ての黒人の命は大切(All Black Lives Matter)」という包括的なスローガンも目にするようになった。
ニューヨークとベルリンを拠点とする人気DJで、2019年にはコム デ ギャルソン(COMME DES GARCONS)と共にアパレルブランド「ハニー・エフィング・ディジョン(HONEY F—ING DIJON)」を立ち上げた黒人のトランスジェンダー女性、ハニー・ディジョン(Honey Dijon)に、BLM運動とインクルーシビティー(包括性)などについて米「WWD」が聞いた。
WWD:新型コロナウイルスの世界的流行やロックダウン(都市封鎖)による影響はあったか。
ハニー・ディジョン(以下、ディジョン):何もかもがいきなり止まったのでおかしな感じがしたが、私がアーティストとして伝えたいことは何も変わっていない。もうすぐ発売となる新しいアルバムでは、もともとこれまでよりも政治的なメッセージを込めるつもりだったし、制作に当たってはたくさんの黒人女性やクイアの人、そして伝統的な民族音楽家と組んだので、とてもタイムリーな作品になった。性的指向についてもいろいろ触れているため、6月15日にアメリカの最高裁判所が職場におけるLGBTQ+への差別的な扱いを違法とする判決を下したことを踏まえると、いっそう興味深く聴いてもらえると思う。
WWD:ファッション関係の仕事への影響はあった?
ディジョン:今はみんな「ファッションの役割とは?ファッションの意味って?」というような問いかけをしているので、ファッション業界にとって面白い時期だと思うし、コロナ後の世界における業界のあり方や人種差別への取り組みについて本気で考える必要がある。もう以前の世界には戻れないし、戻ったところでいいことがあるわけでもない。またひたすらショッピングをして、大量消費しろとでも?一方で、誰しも毎日服を着なくてはならないので、バランスが大切だ。
WWD:業界としても、社会としても、私たちは“快適でないこと”に慣れなくてはいけないのかもしれない。
ディジョン:アメリカ人は快適じゃないことを嫌うから前途多難かもしれないが、個人的には今後の変化を楽しみにしている。かつて公民権運動が起きたことによって啓発的でパワフルな音楽やアートがたくさん生まれたし、エイズ危機が起こった1980年代当時には、ニューヨークで素晴らしいアートが次々に誕生したと読んだことがある。インターネットが登場する前、人々は外に出て、誰かと出会い、面白いことに参加したり、何かを一緒に創り出したりした。私がクラブカルチャーを好きなのもこのためで、アーティストやミュージシャンがクラブで出会い、作品を生み出していく感じが最高だと思う。80〜90年代はカルチャーに変動が起きた時代だが、現在もそうした転換期にあると感じる。
WWD:現在あなたはベルリン在住だが、アメリカで起きていることをどう見ている?
ディジョン:(人種差別は)人道上の問題だということをみんな忘れがちではないだろうか。新型コロナウイルスは国境や人種、社会階層に関係なく誰でも感染する可能性があるので、ある意味では平等だ。しかしその後には(フロイド氏の事件に抗議する)暴動が起きて、アメリカの真の姿があぶり出された。人種差別が深く根付いているし、それを土台としてつくられた国だということが白日のもとに晒された。ヨーロッパはアメリカのそうした姿を見て、自らの過去における人種差別を省みることとなった。まさに世界を変える出来事だと思う。
WWD:あなたは最近ベルリンで行われたBLM運動に参加しているが、以前には黒人社会におけるトランスフォビアやホモフォビアについて話している。BLMとLGBTQ+の権利についての考えを教えてほしい。
ディジョン:ジェンダー、人種、セクシャリティー、社会的不公正は、さまざまなところで交差する。BLM運動においても「シスジェンダー(生まれ持った性別に違和感のない人。トランスジェンダーの対義語)の命は大切」ではなく、「全ての命は大切」と掲げている。ゲイの人の命ももちろん大切であり、自分にとって好ましくない属性の持ち主をこうした運動から排除してはならない。
実は同性愛者の権利運動でも、世間的に印象が悪くなるなどの理由で、最初はドラァグクイーンの参加は歓迎されなかった。こうしたことを考えると、理解を深めるための対話は常に続けていく必要がある。例えば、なぜブラックカルチャーにおいてクイアがこれほど忌避されたのか。私は教会の教えなど宗教的な理由もあるのではないかと推測しているが、(黒人の人々が感じている)どうしようもない無力感もあるのかもしれない。奴隷制があった時代、黒人は人間としての権利や尊厳を剥奪され、女性であれば強姦されるなど、あらゆる残虐な行為にさらされた。その後も社会的に権力を持つ側になることはなく、常に抑圧されてきた犠牲者だったので、同じグループ内でさらに弱い相手を抑圧してしまうのかもしれない。いずれにしても、アメリカは本当にたくさんの傷を癒す必要があるし、それはBLM運動内においても同じことだ。
WWD:「プライド」は祝祭的なものでもある。現在の社会的な混乱が落ち着いたら何を祝いたいか。
ディジョン:BLMや「トランスジェンダーの黒人の命は大切(Black Trans Lives Matter)」運動がトレンドで終わるのではなく、変化の始まりであってほしいし、不公正や差別を解体するものであってほしい。
私は、子どもの頃に教えられた“恐れ”に引きずられたり、私でない誰かが決めた定義に従ったりして人生を送りたくない。トランスジェンダーであること、また黒人であることの意味を自問したりもするが、小説家で公民権運動の活動家でもあったジェームズ・ボールドウィン(James Baldwin)が言ったように、私たち黒人が「ニグロ」という(被差別側の)人種をつくったわけではない。社会が黒人やトランスジェンダーに対して押し付けた定義は、私自身を何一つ表わしていないのに、それでネガティブな気持ちにならないようにするにはどうすればいいと思う?私はいつも、誰かがそう言ったからといって、それが本当なわけではないと言うようにしている。
WWD:あなたの気持ちや立場を理解するための助けとなる、本やアートのお薦めはある?
ディジョン:あなたたち(白人)を教育するのは、私の仕事ではないと思う。自分の無知や偏見の根がどこにあるのかを探したり、何をすればいいのかを考えたりするのは、あなたたち自身がやるべきことだ。人種差別を解体するのは黒人の仕事ではなく、白人の仕事。それはジェンダーについても、全く同じことだ。
WWD:みんなが自分で考えるようにするには、どうすればいいと思うか。
ディジョン:まず相手の言葉に耳を傾けて、その人が体験してきたことを知り、暴力的な行為や抑圧と闘うこと。とても気まずい話題だし、難しいことだけれど。
WWD:希望はあると思っている?
ディジョン:トランスジェンダーである私たちは、みんなを啓発できると思う。ただ自分らしくありたいだけなのに、世界中から「それは間違っている」と否定されて、肉体的にも精神的にも、そして社会的にも傷つけられる痛みに耐えながら、私たちはジェンダーを変えている。そうした逆境にも折れない強さは、世の中で最も美しいものの一つだ。私たちは、どんなことがあっても自分らしく生きようという勇気を持っているし、それは誰にとってもパワフルで勇気づけられるメッセージだと思う。