「ルメール(LEMAIRE)」は1990年の立ち上げ以来、さまざまな歴史を辿ってきた。フランス人デザイナーのクリストフ・ルメール(Christophe Lemaire)は、「ラコステ(LACOSTE)」のクリエイティブ・ディレクターに就任していた2002年に自身のブランドを休止し、06年に再開。11年秋冬コレクションから14年まで「エルメス(HERMES)」のウィメンズウエアでアーティスティック・ディレクターを務めた。15年にパートナーのサラ=リン・トラン(Sarah-Linh Tran)が共同デザイナーとして参加して以降、着心地の良さとクリーンでミニマルなデザインが高く評価されている。クリストフがアーティスティック・ディレクターを務める「ユニクロ ユー(UNIQLO U)」は、16年から長期に渡るパートナーシップ契約で成功を収めており、18年にはファーストリテイリング(FAST RETAILING)が「ルメール」の株式49%を取得した。
今年10月、パリに次いで世界二店舗目となる直営店を東京・南青山の多目的スペース「スクワット(SKWAT)」に期間限定でオープンさせた。「まだ足は運べていないがとても満足している」とクリストフとサラ=リンは、オープン3日後にパリのアトリエで嬉しそう語る。ブランド哲学やパンデミック後の変化、直営店をオープンさせた意図について聞いた。
WWD:今改めて「ルメール」というブランドをどのように定義する?
クリストフ・ルメール(以下、クリストフ):実生活のためにデザインされた衣服やアクセサリーを提案している。それらが長きにわたって着る人の“親密な仲間”となることが目的。機能性・快適性・美しさのバランスを取り、生活者にとって必要であると同時に望まれるものを届けたい。快適で長持ちする生地の品質選びに非常に慎重で、カットとディテールも実用性を重視した丈夫な作りに専念し、時を超越するタイムレスなデザインを追求している。衣服は着る人の個性を際立たせ、それぞれが持つ特異なパーソナリティを身ぶりによって導き出すと考えているから、デザインはミニマリズムで落ち着いた色で彩っている。クリエーションの過程では、偶然が生み出す非合理的な瞬間が好きだ。それは人生をひと味変えるスパイスとなってくれるから。
サラ=リン・トラン(以下、サラ=リン):コレクションは、異なるシーズンのアイテムを合わせて新しいスタイルを作れるように組み立てている。「ルメール」の衣服は気負わず着られて自信に満ちる、日常の防護服のようであるかもしれない。カラーパレットがニュートラル、アース、ミュートという柔らかな色合いなのは、色や生地が前に出すぎず、着る人に“添えられている”と個性が強調されるから。
WWD:ファッション業界での豊かな経験を通して、ブランド哲学は変化したか?
クリストフ:哲学はデザインを始めた頃から変わっていない。私のビジョンをサラ=リンと自然に共有できた時、強さと成熟さが付け加えられた。
サラ=リン:ブランドの信念は時間とともに強くなっていると思う。顧客は私たちの感覚を非常に敏感に感じ取ってくれる。また、新しい顧客が関心を示すのを見られるのは心温まるもの。私たちが変わらず一貫性を表現することは正しい道なのだと教えてもらっているようだ。
WWD:コレクションの制作過程において、二人の役割は?
クリストフ:大まかに言えば、サラ=リンがウィメンズウエアやバッグ、ジュエリー、そしてブランドのコンテンツ制作、ウェブサイト、SNSやファッションショーなどのイメージ制作を主に担当している。私はメンズウエアとユニセックラインに携わり、組織作りやビジネス面で多くの責任を負っている。
サラ=リン:新しいコレクションを発表する約1年前には、自分自身を未来へ投影してイメージを描く必要がある。それは夢を見ている感覚と似ている。そのイメージをデザインチームと共有し、生産、販売チームとの絶え間ない対話からコレクションを作り上げていく。料理のようなもので、少しの技術や多くの直感、想定外のヒントが材料になる。
WWD:ユニセックスの提案はシーズンを重ねるごとに強くなっているが、その理由は?
クリストフ:以前から、フェミニンなピースにメンズウエアを合わせて官能性を引き出す方法が好きだった。それに女性が男性、男性が女性の商品を購入したり借りたりするのを見てきた。ユニセックスラインは過去数年で成長を続け、商業的にも非常に成功を収めている。
サラ=リン:ウィメンズの流動性とメンズの安定性。双方が互いに影響を与え合っており、ユニセックスな提案をするのは自然な流れだ。性別を問わず、機能性を備えた衣服は常に必要とされる。
WWD:21年春夏コレクションは映像を制作してデジタル発表に切り替えたが、そのテーマは?デジタルプラットフォームで発表することで最も重要視したことは?
クリストフ:コレクションを明確で端的に提示したかった。シルエットの提案を可能な限り映像で見られるように、ディテールをクローズアップした。
サラ=リン:ロックダウン中、私たちは自宅で作業を続けていて、パリの街中を再び歩き回れる日を夢見ていた。そのため、動く体に合わせた衣服を制作することが着想源となった。流動的な生地や隠れたディテールをフィルムで表現したかった。デジタルを通してプレスやバイヤー、顧客など、より多くの人々が同時にアクセスできるのは理にかなっている。
WWD:今季からプレコレクションをなくし、メインのみにまとめる決断をしたのは何故?
クリストフ:ファッション業界全体が、2000年にアメリカのデパートに課された、プレとクルーズ、メインコレクションを発表しないといけないシステムに不満を募らせてきた。多すぎるコレクションによって作業が細分化され、時間とエネルギーを浪費していた。変革が求められていた中でパンデミックが起こり、長年考えていたプレコレクションの廃止を決断できた。これからもウィメンズとメンズのコレクションを同時期に発表し、3回のデリバリーに分けて提案する。このサイクルはクリエイションと生産プロセスの両方で合理的かつ効率的である上に、直営店と小売店にスムーズに商品を届けられる。バイヤーはメインのために予算を抑えてプレを買い付けするというリスクを伴っていたが、メインに絞ることでそれが解消されたはずだ。結果的に、今季のオーダーは30%の伸び、バイヤーからも高く評価された。コレクションを簡素化して商品数を少なくしたが、結果的に売り上げが上がるといった予想外の結果がもたらされた。
成長続くアジアとの親和性
WWD:パリに次ぐ直営店2店舗目を、東京に選んだのは何故?
クリストフ:ブランドを始動した当初から日本での売り上げは良く、過去数年でアジアでの売り上げが非常に伸びていることが理由の一つ。これは「ユニクロ ユー」を始めてから、新たな顧客層を獲得できたことが大きいと分析している。また、東京はファッションにおいてアジアの中心だと考えており、今回の提案を受けた時は自然な流れで決断ができた。ビジネス面だけでなく、文化や芸術、繊細な感覚にも親和性を感じている。
サラ=リン:アジアでの売り上げが伸びている背景には、色の独特な捉え方にもあると思う。中国のある顧客は「『ルメール』の色は二色の中間にある」と表現した。黒の違いを世界に提示したのも日本人デザイナーであるように、黒の中に何万通りの黒があることを理解していて、それを自然に捉えることができる感覚をアジア人は持っていると思う。
WWD:新規顧客獲得以外に、「ユニクロ ユー」での協業が「ルメール」に与えた影響は?
サラ=リン:「ユニクロ」の“生活ニーズから考え抜かれた普段着”というコンセプトは「ルメール」と共通しており、異なる点といえば価格帯と生産方法、そして民主的であること。異なる生活様式、生活基準を持つ世界中の人々へ届けるため、民主的なデザインの中に「ルメール」の個性を出すという課題がデザイナーとしての訓練になっている。
クリストフ:「ユニクロ ユー」を始めた頃は「ルメール」のビジネスにとってダメージがあるかもしれないと懸念したが、実際はその逆だった。顧客は両方の衣服を組み合わせ、新しいスタイルを作ることを楽しんでくれているようだ。
WWD:コロナ禍での実店舗出店はリスクも大きいが、このタイミングでの出店にはどんな理由がある?
クリストフ:21年に期間限定ではない直営店を東京に構える計画だったが、パンデミックが起きて、社内で優先させるべきことが変わった。その中で同プロジェクトの提案を受けて、限られた予算で実験的に直営店を持てる機会であると考え賛同した。現在のところ、次の実店舗オープンの計画については未定だ。
WWD:東京の直営店にはどのような役割を期待する?
クリストフ:パンデミックを機にECサイトを立ち上げたが、物理的な体験は必要だと信じている。「ルメール」の世界観を感じ、実際に商品に触れて、ローカルのコミュニティを強固にする役割を担うはずだから。
サラ=リン:直営店を持つことの意味は大きい。セレクトショップは予算があるうえに、1ブランドに与えられるスペースは限られていて、コレクションの全貌を見せることは難しい。直営店であれば同じスタイルでも異なる色や素材によってさまざまな商品を並べられて、各シーズンの世界観をより深く感じ取ってもらうことができる。また店舗に立つ販売員から、顧客のニーズやサイズについて細かな反応を共有してもらえる。販売員も「ルメール」独自の言葉でコレクションを説明できる。直営店はブランドと顧客との仲を深めるコミュニケーションの場だ。