ファッション

地元の産業を支え、新たな市場を開拓する若き経営者たちの挑戦 奈良・ニット、履き物編【下】

 前回の記事、地元の産業を支え、新たな市場を開拓する若き経営者たちの挑戦 奈良・靴下編【上】に続き、今回紹介するのは、髙井大介・髙井ニット代表取締役と川東宗時・川東履物商店代表の2人だ。ニット製品と履き物(サンダル)を経営する彼らは、昔からある古き良き商品をリファインして若い世代の視点からアプローチし、マーケットを開拓している。さらに今回も、これまで海外のラグジュアリービジネスに長らく携わり、昨年12月に中小企業向けコンサルティングとして奈良に赴任した小杉一人・広陵・高田ビジネスサポートセンターKoCo-Bizセンター長を交え、それぞれが描くビジネスの未来像を語る。

WWD:髙井ニットと川東履物商店の事業内容を聞きたい。

髙井大介・髙井ニット代表取締役(以下、髙井):奈良県大和高田市で横編みニットを製造しています。もともと大和高田市は、大和木綿を使った大和絣(やまとがすり)の産業があり、当社は1921年に創業しましたが機械化して衰退し、67年から横編みニットをスタートしました。創業からは私で5代目、横編みニット業から数えると3代目です。

川東宗時・川東履物商店代表(以下、川東):奈良県では1950年以前から大和高田市のみならず各地域で農業の合間に草履を作ってきた歴史があり、雪駄、畳草履などがお祭りでも使われてきました。それからゴム素材のヘップサンダルなどバリエーションも増え、地域によっては革靴を製造しているところもあります。私は家業としては1952年創業の4代目になります。

WWD:髙井ニットがオリジナルブランドを立ち上げた理由は?

髙井:2015年に自社ブランド「コトユイ(COTOYUI)」をスタートさせました。OEM(他社ブランドの製品を製造すること)の場合、相手のリクエストに応えているだけで、社員はどういったブランドの何をやっているのかといった全体像が分からない。そこで自分たちが作りたい商品を作ろう。ブランドのキャラ、ロゴが目立つような商品ではなく、社員やパートさんも着たいと思えるような“最高の普段着”のニットを作ろうと思ったんです。

天然素材でホールガーメント、性別、年齢に関係なくユニセックスでシンプル、そして長く着られるもの。モノではなくコトを発信していくのが必要だと思い、コトを結びつけるという意味で「コトユイ(結い)」にしました。素材はオーガニックコットンで、染料はオーストラリアのエアーズロックの赤土やバリ島のバトゥール湖の黒褐色土といったような土を微粒子に分解し、その粒子で染めあげる技法「彩土(はに)染め」を用いています。

WWD:現在のOEMとオリジナルの比率は?

髙井: OEMが8割、オリジナルが2割。売り上げも同じくらいの比率です。将来的には同じくらいの比率に持っていきたいです。

WWD:オリジナル商品を作って実際に販売することで、消費者の反響がダイレクトに伝わったり、小売りを学べたりするなど、B to B の点のビジネスから、より視野の広い視点でビジネスをデザインできるということか?

髙井:オリジナルブランドで学べることも多くありますが、一方でOEMを請け負ってきたからこそ、さまざまな要求に応えることで技術革新が進んだ側面もあります。OEMを止めてしまい、オリジナル商品のみに舵を切ったことで技術革新が止まった企業もあります。だからこそOEMも続けるべきだと思っています。

小杉一人広陵・高田ビジネスサポートセンターKoCo-Bizセンター長(以下、小杉):オリジナルのビジネスを創造していくことは良いことだと思いますし、そうしていかないと地域産業が衰退していくと感じます。ただし、全ての企業がそうできるとは限りません。センスやタイミングもありますし、事業承継の問題もあります。OEMは減少傾向とはいえ、日本企業が海外工場に発注する分を取り戻していく施策を1事業者単位ではなく、地域や企業連合で考えていく必要もあると思います。

川東:当社の場合、繊維商社を辞めて3年前に戻って来た際には、OEMは少なく、自社商品を作っていたのですが、名前とかアルファベットを入れただけの名ばかりのマークで本来の意味でのブランドにはなっていませんでした。生き残るにはどうすべきかと考え、オリジナルブランド「ヘップ(HEP)」を立ち上げました。

当時の市場は厳しく、価格競争しか行われていなかったので、当然のことながら安くて大量に作れるところが勝ちますし、競合他社も同じ工場に製造を委託しているため、どんどん安さを求めれば疲弊していきます。一方でホームセンターや町の商店街で売っている市場はシュリンクしていく。

サンダルでブランディングした企業がこれまでなかったので、それをする一人目になろうと2020春に「ヘップ」をスタートしたんです。そもそも「ヘップサンダル」の「ヘップ」とは、1954年の映画「ローマの休日」でオードリー・ヘップバーン演じる王女アンが窮屈な生活から抜け出し、市場などで買い物を楽しんでいるシーンの中で、ヒールからサンダルに履き替える場面があり、それを国内のサンダル業界では「ヘップサンダル」と呼ぶようになったのですが、一般の人にはほとんど知られていません(笑)。

オリジナルブランド「ヘップ」は、年齢でセグメントを考えておらず、それほど安くなくても買いたくなるような、心に触れる商品やビジュアルを意識しています。現在はジャーナルスタンダード、中川政七商店、アコメヤなどのショップや、湯河原にある旅館「THE RYOKAN TOKYO」、ホテル、高円寺にある老舗銭湯「小杉湯」などに御し、「ヘップ」を販売してもらうなど、競合他社がおらず、その店ではサンダルは自社のみという形で展開できるような流通で販売しています。当社は自社工場を持っておらず、だからこそ地域の工場と組んで一緒に作ることで、仕事や雇用を生み出していきたい。自分はプランナー、ディレクションといった動き方に近いと思います。それぞれの工場の得意とすることを生かして、さまざまな履き物を届けたいです。現在の卸と直販の売り上げは同じ比率くらいです。

WWD:今後、どのように地元の産業を盛り上げていきたいか。

髙井:OEMでも一社ごとに別々で受注するのではなく、ニット、カットソー、布帛といった異業種がつながり、まとめて仕事を請け負えば、奈良で一貫したブランドを作れるのではと考えています。実際に話し合いはスタートしており、業種、同世代、父親世代といった垣根を越えて話せば、新しく見えてくることもあると思っています。一つ成功例を作れば広がっていけるのではないかと。

川東:私はこれまで単純にやっていることがカッコイイほうが良いと思っていました(笑)。3年前に地元に戻って父親と一緒に工場を回ってみると、賃金が低い中、職人が背中を丸くして作っている。そして人手不足で量をこなせないといった現状がありました。自分たちがやっていることに誇りを持ってほしい、そして誇りを持てる産業にしたい。自分たちがやっていることがテレビや雑誌で紹介され、作り手にもそれが伝わるようなことをしていきたいです。

WWD:オリジナルブランドをどのように販売、PR、ブランディングしていこうと考えているか?

髙井:現在、20数社が出資して、松屋銀座と共同経営で7階に売り場を作っており、5人が運営メンバーで松屋銀座とやりとりをしています。常設店は松屋銀座のみですが、それが発信力となり、催事やポップアップの依頼も来ます。自社ECは3月にオープン予定で、そこでもさまざまな情報を発信していきたいです。

川東:サンダルの場合、「そろそろ春服が欲しい」はあるが、「サンダルが欲しい」にはなかなかならないので、買うなら「『ヘップ』で」となるように、SNSをメインに思い出してもらう回数を増やしていきたいです。ただ、ファッションのフィールドに足を踏み入れるとアウトドアやスポーツブランドなどライバルが多いので、サンダルが1足しかないような場所が欲しい。生活必需品であり、気楽に履ける、実際に届けるところまでをデザインしていきたい。コロナ禍では、ワンマイル需要の提案に舵を切り替えました。オンラインショップも4月に立ち上げたところ良かった。女性誌に取り上げられたことで、若い女性からの反響も大きかったです。

WWD:小杉氏とは今後どのような話し合いをしている?

髙井:昨年からディズニーとライセンス契約でオーガニックタオル、ハンカチを製造することになり、ベビーに特化した授乳ケープ、フード付きポンチョ、ベビー腹巻きなどを百貨店の催事などで販売しています。何を作っているのか、どこで販売しているのかよく分からない従業員に対して、やりがいにもつながると思っています。小杉さんにはメディアにどう出したり進めていけばよいかなどを相談しています。

また、奈良県で自分たちがやっていることを発信するオープンファクトリーが3月にスタートします。繊維に限らず酒、鉄鋼、金属企業を含めた約20数社を見学できるものです。それにより、今の環境でよいのかを含めてのやりがい、意義、意味合いを見出してくれて、社員の意識が変わってくれればと期待しています。

川東:小杉さんのようなコンサルティングを担ってくれる人がいなければ、実際に表参道などを歩いてフィールドワークする以外に調べる手段はなかったと思います。東京に長く住んでいないともらえないような意見を聞くことができています。

WWD:小杉氏は普段、彼らとどのような頻度、内容でコンサルティングをしているのか?

小杉:昨年12月8日に開設し、これまで2、3回お会いしています。主にブランディングやSNSまわりの相談とで、新商品開発などはこれからの流れでサポートしていきたいと考えています。ブランディングは各社さまざまで、ファクトリーブランドの利点を生かした形で、特にデイリーウエアとしてブランドを確立させるために、どのような販路や広告活動を行えばいいのか、ディスカッションを重ねています。OEM企業特有のものは作れるが、自社のオリジナリティーを求められた時に、何が強みであるかを見極めることが難しいところもあります。

WWD:小杉氏は、それぞれのビジネスをどう見ているのか?

小杉:川東さんは昔からある古き良き商品をリファインしてアプローチし、新しいライフスタイルの領域に持っていこうとしているところが面白いですね。決して新しいモノ、マーケットではないですが、コロナもあり、周りも変わっていくタイミング。歴史やバックグラウンドもありながら、新たな領域に入っていくのが面白い。Z世代ならではの新しい視点で見みられていると思います。

髙井さんは、“最高の普段着”を目指しているのが今の時代の流れに合っています。そしてワンマイルウエアよりもクオリティーが高い。髙井さんはあえて自らが職人になる道を選ばず、経営者として“企業ブランディング”に注力しており、これまでの経営スタイルとは異なります。これまで紹介してきた3社はコンサルティングをする中でも特殊で目立っていました。このような経営スタイルや組織の在り方をITやテックベンチャーがトライすることはあっても、OEM企業がやるというのが画期的だと思います。背負う歴史や慣習があるからこそ、実はゼロからスタートするより大変なんです。彼らが新しい商品、働き方をデザインし、アパレル業界を引っ張っていってほしいと思っています。

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