ファッション

アントワープの次世代デザイナー 気鋭ブランド「ナマチェコ」の深みを増す服作り

 2015年に始動した気鋭ブランド「ナマチェコ(NAMACHEKO)」が、メンズ市場で存在感を強めている。デビュー直後は10万円のシャツや30万円のコートなど上顧客向けのコレクションだったが、最近は3万円代のデニムなどリーズナブルなアイテムも増やして若年層の支持を拡大。現在、国内で約20、海外で約40のアカウントを持つまでに成長している。

 デザイナーのディラン・ルー(Dilan Lurr)は、大学で土木工学を専攻していた。服飾学校に通っていたわけではなく、プライベートワークで制作した映像作品の衣装がパリの有力ショップ「ザ・ブロークン・アーム(THE BROKEN ARM)」に買い付けられ、ブランドを設立。以降、18年春夏シーズンからパリ・メンズ・コレクションに参加し、19年には若手デザイナーの登竜門「インターナショナル・ウールマーク・プライズ(INTERNATIONAL WOOLMARK PRIZE)」のファイナリストに選出されるなど、着実にキャリアを伸ばしている。デビューから5年、「最初はデザイナーを続けるつもりはなかった」と語る彼に、深みを増す服作りの哲学を聞いた。

WWD:2021-22年秋冬コレクションはいつもよりもダークな印象を受けたが、テーマは?

ディラン・ルー(以下、ディラン):ドイツの映像作家ライナー・ヴェルナー・ファスビンダー(Rainer Werner Fassbinder)から着想を得て、社会に抗う若いアウトサイダーをテーマにした。ファッションは時代をリフレクトすることが重要で、10年後にコレクションを見た時に「あの時の服だ」と分からないといけないと思う。今回は不透明な世の中を映しているから、ダークに見えるのは当然。でも、シリアスな面だけを切り取っているわけではないんだ。僕は若者たちから大きなインスピレーションを受けていて、彼らは気候変動やサステビリティなど、社会問題に向き合い、ずっと行動し続けてきた“闘争する世代”。コロナを悲観するだけじゃなく、世の中が変わるきっかけだとポジティブに捉えているから、そのエネルギーも感じ取ってくれたらうれしい。

WWD:時代のムードは具体的にどこに落とし込んだ?

ディラン:これまでは、外出するときにシーンに合わせたドレスアップが必要だった。でも今はほとんど家にいて、「快適な服を着ること」が命題になっている。家で快適に着られて、そのまま外出してもきちんとして見える服が作りたかったから、柔らかさと耐久性を備えるモヘアを、ニットやパンツ、コートなど多くのアイテムに使ってみた。モヘアは大好きだけどここまで多用したことはなかったし、リラックスし過ぎないよう毛を短くするなど、素材の特徴と向き合う良い機会にもなったよ。

WWD:コロナで服作りのプロセスは変わった?

ディラン:リモートでできる仕事じゃないから、実際それほど変わっていない。ブランドに携わる人たちの仕事を無くしたくないから、生産ラインもほとんど変えていない。昨日は車でニット工場とアーカイブの保管工場に行って、最新コレクションの打ち合わせをしてきた。オンラインのコミュニケーションが増えたけど、服は実物を見ないと分からないからね。

デザイナーとしての決意
土木工学で培った「実用性」

WWD:服作りの技術はどうやって習得している?

ディラン:コレクションを作りながら毎日勉強している。大学では土木工学を専攻していて、ファッションデザイナーになることが目標ではなかったんだ。でも服には興味があって、学生時代からドーバーストリートマーケット(DOVER STREET MARKET)をはじめいろんなブティックに通っていた。未経験からここまでブランドを拡大できたのは、パターンや生産、ディストリビューション、ニットプログラマーなど、素晴らしいチームとクリエイターに出会えたおかげ。でも、全工程が僕のシグネチャーでないとコレクションがブレてしまうから、デザイン以外もきちんとディレクションするように意識しているよ。

WWD:ブランドスタートから5年が経ち、服作りの姿勢は変化した?

ディラン:完全に変わった。正直に言うと、最初はファッションデザイナーを続ける明確なビジョンを持っていなかったんだ。ブランドを続けるうちにデザイナーとしての自覚が徐々に芽生えてきて、今季のコレクション制作中に「僕はデザイナーだ」と受け入れることができた。加えて、「アントワープを拠点とする新世代のデザイナー」という自覚も生まれた。アントワープシックスやマルタン・マルジェラ(Martin Margiela)など、ここから生まれた素晴らしいブランドに恥じないよう、本気でコレクションに向き合う覚悟ができた。

WWD:逆に変わらないことは?

ディラン:自分が興味のあることをそのまま表現すること。アイデアは毎回異なっても、「僕」という軸があるからブランドに一貫性を持たせられる。あとは、土木工学で学んだ“実用性のあるデザイン”を服作りにも応用すること。例えば、一見難しく見えるコレクションでも、オーディエンスが「日常に取り入れてみたい」と思う絶妙なラインに挑戦し続けている。服である以上、毎日着られないと意味がないからね。“実用性”はサステナビリティにもつながる。廃棄を最小限まで減らし、100年使える建築物を作る姿勢は、建築業界の前提条件だから。

WWD:3万円代のデニムジャケットなど手ごろなアイテムを増やしているのも“実用性”を強化しているから?

ディラン:言われてみればそうかもしれない。こだわり抜いたカシミアニットも7000ドルでは一部の人しか着られない。最初はそれでいいと思っていたけど、今はもっと多くの人に繋がりたいと思っている。予算を考えず自由に作るのも面白いけど、手にとれる価格に自分のアイデアを最大限詰め込むのも腕の見せ所だし、若い世代にも手にとって欲しいからね。

WWD:「ナマチェコ」らしさをどう定義する?

ディラン:自分の存在の延長だから、特定のものはない。僕は毎日30~40のオークションサイトを開いて、気鋭ブランドの洋服から誰かが捨てた古いカーペットまで、自分が面白いと思うモノをくまなくチェックする。1日3本見るほど映画好きで、昨日は(ミケランジェロ・)アントニオーニ、(ピエル・パオロ・)パゾリーニ、黒沢(明)の作品を鑑賞した。それらの経験が全て絡み合って、一つのコレクションに帰着している。特徴を強いて言うなら、映画作りに近いことかな。コレクションを作るとき、ルックごとに明確なキャラクターを思い浮かべて、それらを組み合わせるように服を作って行くから、映画作りに似ていると思う。

WWD:今後の展望は?

ディラン:より多くの人に自分の服を届けるために、淡々と準備を進めるだけ。好きなことを突き詰めているから、今もフレッシュにデザインができている。ありがたいことにビジネスも好調で、「デザイナーは間違った道じゃないよ」と背中を押されてるみたいだ。落ち着いたらショーをやりたい。ショーのフィナーレに、モデル全員がランウエイに向かって行く瞬間が一番幸せだから。

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