メンズブランド「アタッチメント(ATTACHMENT)」は、2022年春夏シーズンをもって創業者の熊谷和幸デザイナーが退任し、22-23年秋冬からは熊谷のアシスタントだった榎本光希デザイナー率いる新体制で動き出す。新社長は、親会社である繊維専門商社のヤギから迎える。榎本デザイナーは「アンダーカバー」や「ユリウス」でも経験を積み、同じ運営会社の「ヴェイン(VEIN)」も手掛ける36歳だ。00年代の東京メンズを牽引したブランドの一つ「アタッチメント」が迎えた転機の背景や、ビジネスの現状、ブランドがどう変わるのかを新旧デザイナーに聞いた。取材現場で新たなコレクションのビジュアルを初めて見た創業者は、「変わったね」と表情をゆるめた。
事業拡大と共に生じた創業者の葛藤
WWD:デザイナー退任を決めたのはいつごろ?
熊谷和幸(以下、熊谷):2020年の年末です。1999年に「アタッチメント」を1人で創業し、日本の中ではニッチなブランドとしての立ち位置を築いて規模も少しずつ拡大していきました。一方で、経営とクリエイションを両立させる難しさも感じていたんです。そこで、2017年に繊維専門商社のヤギとM&Aをし、将来的にはデザイナーに専任しようと計画していました。ただ、これまでのニッチな立ち位置から、店を増やしたり、規模を拡大したりと、よりマスに向けたブランドへの進化が必要でした。加えて、ファッション業界がものすごいスピードで変化する中で、デザイナーとしていい物をただ真面目に作るだけではなく、会社全体をデザインする総合力やスピードが今の時代には求められます。その点、私はチーム全体をまとめて運営していくのが得意ではなかった。そこで、ファーストアシスタントだった榎本君にデザイナーも引き継ぐ決意をし、本人に伝えました。
WWD:創業デザイナーからその思いを聞いたときの率直な感想は?
榎本光希デザイナー(以下、榎本):「本当に言ってますか?」と驚きました。「ヴェイン」が立ちげ2年でこれからというタイミングだったので、規模の大きい「アタッチメント」を同時にディレクションできるのだろうかという不安が大きく、4日ほど悩みましたね。でも、ずっと一緒に仕事をしてきた熊谷さんが後任として認めてくれたうれしさと、自分がやらないとという使命感もあり、最終的に引き継ぐことを決めました。
WWD:榎本デザイナーに期待することは?
熊谷:彼にはクリエイターとしての才能に加え、私にはない優れたコミュニケーション能力があり、会社全体をデザインできる総合力を持っています。チームを盛り上げて、ブランドをさらに高みへと導く力があるんです。ワンマンプレーヤーである私が不得意だった部分を彼が持っているので、そこに期待しています。
榎本:自分では総合力を意識したことはありませんが、ファーストアシスタントとして先輩たちに指示を出さないといけない状況に揉まれ続け、それでも周りに助けられている様子を熊谷さんは見てくれていたんだと思います。
“原点”を守る継承者が目指す先
WWD:チームの刷新に近年のビジネスの状況は影響している?
熊谷:コロナウイルスによる売り上げの落ち込みは、きっかけの一つではあります。近年は年間売上高10億円前後で大きな変動はなく推移していました。しかし昨年はコロナ禍による直営店の営業停止とインバウンドの落ち込みで、リーマンショックが直撃した08年以来となる、創業以降2度目の赤字に終わりました。今年度は計画通り売上高8億円前後の黒字着地で復調傾向ではあるものの、今後は売り方や販路の調整など、ビジネスをよりスピードアップさせないといけません。私は正直、そのスピードに追いつけなかった。
榎本:ビジネスでは、現在の直営店ベースの運営を維持させながら、売り上げ全体の約2割を占める海外セレクトとの取り組みを拡大させるために、世界に向けたクリエイションも意識していきたいです。今は欧米アジア各国で約30アカウントとの取引があり、近年も少しずつですが伸び続けています。輸出すると日本よりも上代が上がって富裕層向けの価格帯になりますが、それでも通用する国や地域はあります。日本と海外では、サイズ感はもちろん、求められるスタイルやカルチャーも異なるので、その両方に刺さるバランスを物作りと見せ方の両面から探るのが今後の課題ですね。
WWD:では逆に、変えずに守っていきたいことは?
榎本:熊谷さんが創業時に掲げた“服は、着る人の魅力や個性、内面を引き出す付属である”という物作りの姿勢です。22年前からこの考え方で物作りしてきた人は他にいないですし、僕にとっては今でも心に刺さる言葉。デザイナー就任の話をもらったときも、そこだけは絶対にブラしてはいけないと覚悟しました。「アタッチメント」は一見するとシンプルですが、素材や仕上げ、シルエットなど一つひとつが本当に丁寧で真面目なんです。僕自身いろいろと経験しましたが、どのシーズンでも均一のサイズで仕上げるのはなかなかできることではないんです。熊谷さんが創業時から積み重ねてきた表には見えない当たり前を、今後も変えるつもりはありません。僕にとっての原点ですから。
WWD:新体制での初となるコレクションのビジュアルに若いモデルを起用したのは、客層の若返りを意識しているから?
榎本:特にそういう意図はありません。中心顧客である30代は維持しながら、10〜50代まで幅広くリーチさせる物作りの方向性はこれまでと同じです。21歳の池谷陸さんに撮影をお願いし、若いモデルを起用してビジュアルでユース感を意識したのは、若いころのファッションに対する情熱を表現したかったから。僕が入社した20歳のころは、昼ご飯を100円のカップラーメンにして節約しながら服を買うほどでした。そういう感情を込めながら、新しい「アタッチメント」像を表現しています。実は、今この取材で熊谷さんも初めてビジュアルを見るんですよ。
熊谷:確かに、変わったね。
WWD:熊谷さんの今後は?
熊谷:2021年末で社長を退任し、22年5月で退社します。その後はやりたいことが多くて迷っているので、今はじっくり考えたいですね。服作りには携わりたいですが、組織として運営していくというより、1人でもできることがしたいです。
榎本:僕もまだ何をやりたいか知らないんですよ。熊谷さんは実家の父親のような存在なので、気になります。
熊谷:榎本君は昔はもっとやんちゃだったのに、歴代アシスタントで一番バランスがとれたデザイナーに成長してくれました。僕がとっちらかしたところをまとめ上げてくれる存在だと信じています。ブランドを託すよりも受け取る方が勇気がいるのに、引き受けてくれて本当にありがとう。