エルメス傘下の高級紳士靴「ジョンロブ(JOHN LOBB)」において、日本市場は売上高の25%以上のシェアを占める最重要マーケットだ。
原料の選定から製造工程まで最高峰にこだわり、商品価格は20万円前後。そんな高級靴が日本で支持を得たのは、「古くから職人を“匠”と呼び、その技術や姿勢をリスペクトする土壌があったからだ」と松田智沖ジョンロブジャパン社長は語る。2005年着任以降、15年余りで国内ビジネスの売上高を約5倍の規模に成長させ、21年度の業績はコロナ禍前の19年度業績を超えた。ビジネススタイルのカジュアル化が進む中でも変わらぬ「ジョンロブ」の強さの理由を聞いた。
WWD:日本でのビジネスの進捗は?
松田智沖社長(以下、松田):約30年前 の日本上陸から堅調に伸びている。「ジョンロブ」がここまでビジネスを続けてこられた最も大きな理由は、これまで日本人が伝統工芸を守ってきたように、私たちのクラフツマンシップに対しても深い理解をいただけたからだと考えている。ストレートチップの“シティⅡ(CITY Ⅱ)”や“フィリップⅡ(PHILIPⅡ)”、コインローファーの“ロペス(LOPEZ)”、ダブルモンクの“ウィリアム(WILLIAM)”といった定番モデルへの需要は根強いが、自分だけの一点物を手に入れたいというニーズも大きい。毎年10月に世界同時販売する限定モデルは日本では特に反響がある。細部へのこだわりも強く、定番モデルのステッチの色を変えたり、アッパーを質感の違う素材に変えたりといった国内限定商品もよく売れる。一見、微々たる差と思われるようなディテールが、日本のお客さまの繊細なこだわりに刺さっている。
WWD:メインの客層は?
松田:40〜50代の自ら事業をされている方や企業のエグゼグティブが多い。近年は20代後半〜30代の若いお客さまも増えている。僕が若いころは、靴に限らず時計や車などの大きな買い物は、「階段を上る」感覚に近かった。職位が上がったり独立したりと、キャリアの転機になるタイミングで少し高いブランドを身につけ、ステップアップしていくという具合だ。それが今はインターネットやSNSが普及し、若い人にはわれわれを含め全てのブランドがフラットに見えるようになった。年功序列で時間とともに地位や年収が上がっていくという、キャリアや人生に対する見方も変わった。だからこそ今の若いお客さまは、一足飛びに「一番いいもの」を求めるし、手前味噌ながら紳士靴の頂点である当社の商品を選んでいただけているのだと捉えている。
若い顧客も増加傾向
パーソナルオーダーをより身近に
WWD:若年層に向けた施策は。
松田:ブランドの魅力をより手軽に、より多くの方に知っていただけるよう、好みの仕様にカスタマイズできるパーソナルオーダーの間口を広げている。オーダーは2種類。一つは本国の職人が足のサイズ測定からご希望の仕様のヒアリング、製作、納品まで全てフルオーダーで行う「ビスポーク」。もう一つが、既製品をベースにアッパーやソールの素材・色を選べるイージーオーダーの「バイリクエスト」だ。後者は通常、ベースとなる商品の定価に2割を上乗せした代金をいただい ているが、閑散期生産を活用し、期間限定(2〜5月)でこの追加料金を無料とする「バイリクエストフェア」を2006年から継続実施している。例えば1足目に定番モデルを選ばれたお客さまが、次はアッパー素材をスエードに変えたり、ソールをラバーソールに変えたり。そんな風に2足目、3足目をリピートされるお客さまが増えた。
WWD:コロナ禍で服装のカジュアル化が加速している。
松田:お客さまが「ジョンロブ」に感じてくださっている価値は、社会の表層の流れでは揺らがない。「高揚感」や「自信」といった、お客さま一人一人のもっと深いところに根ざす精神的なものだと考えている。その証左として、当社の2021年度の国内販売足数は、コロナ前(19年度)と比較しても大きく伸びている。
今後、人々の足元が全てスニーカーになってしまうかといえばそんなことはないだろう。コロナ禍以降も顧客さまのビジネススタイルは、スーツに革靴という方がほとんど。話を聞くと、「これまで愛用していたブランドでもかっちりとしたスーツのバリエーションが減った」「大事な商談や会議などに着ていける服がない」と嘆かれている。昨今オーダースーツの需要が伸びているのも、ひょっとしたらお客さまが満足できる既製品がそろえられていないことの裏返しなのかもしれない。
ブランドには変えるべきものと、変えてはならないものがある。目の前のお客さまの声に耳を傾ければ、それはおのずと見えてくる。商品のデザインや仕様は、時流に合わせてアップデートすべきだ。われわれも定番モデルの一部は、軽量なソールでスニーカーに近い柔らかなはき心地を実現した新ライン“ニュースタンダード”を2020年春から販売し、新客のフックになっている。ただそれらも使っている革はフルグレインと呼ばれる最高峰のものであるし、製造工程は一切妥協していない。一見姿形は違うどの製品にも、ブランドのクラフツマンシップを通底させている。自分たちの抱えているお客さまを見失わないこと。その上で、やるべきことをはき違えないよう舵取りをすること。これが私の最も大事なミッションだ。