デザイナーの宮下貴裕による「タカヒロミヤシタザソロイスト.(TAKAHIROMIYASHITATHESOLOIST.以下、ソロイスト.)」は17日、楽天が主催するプロジェクト「by R」のサポートの下、1年半ぶりのファッションショーを開催した。ショーの舞台は夜の東京国立博物館 表慶館。厳かな雰囲気の中、ルックはセンシュアルでロマンチックであり、静かなエレガンスを感じさせる。“THE TWO OF US”と題した今季のコレクションの制作に裏には、ある特別な女性の存在があった。
“ある女性”との関係性
宮下デザイナーは今季のコレクションを、一人の女性に捧げている。名前や詳しい人物像は伏せながらも、この人物について「好きですし、尊敬もしています。友達のようであり、兄弟のようでもある関係です」とプレスノートで説明している。会って⾷事をしたり、時々連絡を取り合ったりする仲で、「ソロイスト.」のコレクションの感想を伝えてくれる親しい人物のようだ。
ジェンダーを曖昧にしたテーラリング
その女性を思いながら制作したコレクションは、モノトーンのテーラリングがベースになった。ファーストルックは、純白のテーラードジャケットにロングスカート。真っ白なマキシドレスや、ファーベストとマイクロミニスカートの合わせなどが続き、ジェンダーの境界線を曖昧にする。
ボトムスにスラックスは1本もなく、ロングスカートからキュロット、マイクロミニスカート、スリップドレスまでスカートの種類が豊富だった。しかし、ただ男性にスカートを履かせただけではない。ロングドレスはほどよくタイトなシルエットであったり、ミニスカートはショーツのように見えるキュロットだったりと、色気を内包しながら、エレガントな印象にまとめている。二つボタンのメンズジャケットは、ラペルにホックとアイを施して、右身頃の女性合わせとしても着用できる仕様だ。
カラーパレットも、“彼女が好きそう”だというブラックを中心に構成し、宮下デザイナー好みのブラウンやパープル、バーガンディー、ネイビーを差し色にプラス。サテンやベルベットの艶もセンシュアルなムードを醸し出す。また、しばらく制作していなかったというレザージャケットやファージャケットなどが、コレクションに重厚感を与えた。
“彼女の喜ぶ服”を作ると同時に、「どこか彼⼥が僕に憑依したような状態でコレクションを作り上げていきました」と宮下デザイナー。男性性と女性性が美しく融合したテーラリングに、その言葉はぴったりだった。
憧れのデヴィッド・カーソンとの協業
コレクションには“彼女”の他にも、宮下デザイナーにとって特別な人々との協業が隠されていた。その一人が米グラフィックデザイナーのデヴィッド・カーソン(David Carson)だ。あらゆるアイテムに載せた“RAY GUN”のグラフィックは、宮下デザイナーが青春時代に影響を受けたという米カルチャー誌「レイガン(Ray Gun)」のタイポグラフィーであり、カーソンが手掛けたもの。1990年代にオルタナティブ・ミュージックやストリートカルチャーを取り上げた同誌は、雑誌の内容だけでなく、型破りなタイポグラフィーやレイアウトで、多くのデザイナーやクリエイターを虜にしてきた。宮下デザイナーもその一人で、実験的なデザインアプローチや、ストイックな姿勢は「ソロイスト.」の作風にも重なる部分がある。
ショー音楽は、協業を続ける作曲家・ピアニストの⼩瀬村晶がオリジナルで手掛けた。⼩瀬村のピアノだけでなく、英シンガーソングライターのクララ・マン(Clara Mann)の歌声とコーラス、バイオリンなどの弦楽器の演奏が入り、ノイズも加えられている。多くの要素を盛り込みながらも静けさがあり、ドラマチックなコレクションと調和して一体となっていた。
ある女性と、音楽やカルチャーへの
深い愛やリスペクト
偶然かもしれないが、今季のタイトル“THE TWO OF US”は、宮下デザイナーが愛するザ・ビートルズ(The Beatles)の哀愁漂うラブナンバーと同じである。“独奏家”の情熱が注ぎ込まれたコレクションには、“彼女”やカーソンらのストーリーが加わってエモーショナルな強さが宿り、まるで総合芸術のようだった。ファッションと音楽、カルチャーへの深い愛やリスペクトの思いは、きっとその女性のみならず、多くの人の心にも響いている。