ファッション
特集 サステナビリティ・サミット2023 第3回 / 全6回

良品計画会長×リトゥンアフターワーズ代表「社会・地域の課題解決とデザイン」を探る

PROFILE:左:金井 政明/良品計画 代表取締役会長

1957年生まれ。西友ストアー長野(現株式会社西友)を経て93年良品計画入社。生活雑貨部長として長い間、売り上げの柱となる生活雑貨を牽引し良品計画の成長を支える。その後、常務取締役営業本部長として良品計画の構造改革に取り組む。2008年2月代表取締役社長、15年5月代表取締役会長に就任、現在に至る。西友時代より「無印良品」に関わり、一貫して営業、商品分野を歩み、良品計画グループ全体の企業価値向上に取り組む

PROFILE:右:山縣 良和/リトゥンアフターワーズ代表、ここのがっこう代表

1980年鳥取生まれ。2005年セントラル・セント・マーチンズ美術大学ファッションデザイン学科ウィメンズウェアコースを卒業。07年4月自身のブランド 「リトゥンアフターワーズ(WRITTENAFTERWARDS)」を設立。15年日本人として初めて「LVMHヤング ファッション デザイナー プライズ」にノミネートされる。デザイナーとしての活動のかたわら、ファッション表現の実験と学びの場として「ここのがっこう(coconogacco)」を主宰。19年には英国のファッションメディア「ザ・ビジネス・オブ・ファッション(The Business of Fashion)が主催する「BOF500」に選出される。21年第39回毎日ファッション大賞 鯨岡阿美子賞を受賞 PHOTO:TAMEKI OSHIRO

循環型社会の実現に向けて「社会・地域の課題解決とデザイン」は大きなテーマになりつつある。とはいえ「社会・地域」という大きな主語を前に、課題も解決方法も多くの人にとってはおぼろげだ。そこで理想像や概念から具体へ進める道筋を2人のフロントランナーによる対談から探る。金井政明・良品計画代表取締役会長には同社が実践している「地域密着型の事業モデル」について、またファッションデザイナーによる社会・地域の課題解決のアクション例として山縣良和・リトゥンアフターワーズ代表にそのユニークな取り組みを聞く。

(この対談は2023年12月11日に開催した「WWDJAPANサステナビリティ・サミット2023」から抜粋したものです)

向千鶴WWDJAPAN編集統括サステナビリティ・ディレクター(以下、WWD):テーマである「社会課題、地域振興とデザイン」についてお二人の考え方を実際のプロジェクトを通じてお話しいただきます。金井さんからお願いします。

金井政明・良品計画代表取締役会長:「素の自分に」が基本的な考え方です。我々人間はとても欲張りな生き物です。人の目を気にして比べて妬んだり、自慢をしたりというような性質を持っています。 そこに消費社会が入り込んでくると「高級な自動車に乗って」「僕の友達はこんなスニーカー持っている」みたいなことが起きて社会がどんどん個人主義になっていく。一方で共同体、その集団と心という「社会」もある。僕らの祖先がアフリカから出た時は道具なんてほとんどなくて、心とその集団でサバイブした。僕達はもう一度、その「心と集団」という時代に向かっている。今は過渡期です。

比べたり、妬んだり、自慢したりという社会に僕達は今生きています。でも、もう一人の自分は例えば、家に帰って全部脱ぎ捨ててホッとしたい。その「素の自分」はどんな商品を選び取るのだろうか、に着目しているのが私共です。

生活の価値そのものを作りたいという思いもあり、衣料品も生活用品も、食品もと領域を多岐に広げてきました。そのデザインは色々なクリエーターに参画してもらいながら積み上げてきましたが、一般的な消費や欲望を煽るようなデザインではありません。

WWD:煽るのではなく「役に立つ」、ですね。

金井:戦略はとてもシンプルです。キーワードが7つほどあり、最初の4つ「1.傷ついた地球の再生」「2.多様な文明の再認識」「3.快適・便利追求の再考」「4.新品のツルツル・ピカピカでない美意識の復興」は創業時から変わりませんが、この対談を含めて最近改めて話をする機会が増えています。

他の3つ「5.つながりの再構築」「6.よく食べ、眠り、歩き、掃く人間生活の回復」「7.OKAGE SAMA、OTAGAI SAMA、OTSUKARE SAMAを世界語として発信」は10年ほど前から「社会にこれが足りないよね」と話しながら加えてきました。

商品は徹底的にそぎ落とした「素材」としての良品、「素の自分」が自分の考え方で生活を編集する「商品」でありたいから、「商品」が自己主張する必要は全くない。できるだけ無駄なく、環境にも良く、そして使う方の自由になる「商品」をずっと目指してきました。

店は「自分のエネルギーを出し惜しみしない社会」の拠点

WWD:「商品」をデザインする起点が「生活、社会」なのですね。

金井:日本は2100年には人口が約半分の6000万人になると言われています。それはどんな社会だろう?今を生きる人は誰も経験はありませんが、大正末期と同じ人口です。NHKの連続テレビ小説の「おしん」が生きた時代です。その2100年に向けて、社会がどういう社会であれば、みんなが感じ良く暮らせて幸せ感があるか、と考えて出したのが「経済と環境と文化がバランス良く支え合う社会」です。言葉を変えれば「自分のエネルギーを出し惜しみしない社会」です。

皆が自分のエネルギーを出し合う社会だと仮定して、日本も含めて世界の津々浦々にそういう拠点となるお店を作り始めています。それを今は第二創業と称して、社員が株主であり、個店経営者であり、プレイヤーである会社をぜひ作りたいと考えているところです。主人公は地域の皆さん。オーナーで経営者である超小売り人材である店舗のスタッフ達が地域に巻き込まれて一緒に社会を作りたい。それが社員の働く充足感だと思っています。

特に日本では5つのテーマ「食と農」「健康と安全」「空き家の利活用」「現代的コミュニティ」「文化・アート」を中心に取り組んでいきます。我々は間違いなく社会を変えなくてはいけない。だから若い人たちに期待をしています。

WWD:御社の社員の一人が「将来の夢は自分の故郷に無印良品の店を持ち、品出しをしている途中に息耐えることだ」と話していた理由がわかりました。生涯好きなことに夢中で誰かの役に立つ、いい人生ですね。

山縣良和・リトゥンアフターワーズ代表:僕は高校時代から無印良品のファンでしたが、当時は地元の鳥取には店舗がなくて大阪や神戸へわざわざ行ってワクワクしていたことを思い出しながら聞いていました。これから自分が話そうとしていることとは、ひょっとすると金井さんの話と全然異なるように聞こえるかも知れませんが、実は共通点が多くて嬉しい。

ファッションデザインと「心の持続可能性」

WWD:良品計画のキーワードの一つ「多様な文明の再認識」から想起するのが、2019年に上野恩寵公演噴水広場で発表した「リトゥンアフターワーズ(WRITTENAFTERWARDS)」のショーです。魔女をテーマにした3部作の最終章で、タイトルは「フローティング・ノマド」でした。

山縣:僕は社会の現状を自分の中に入れ込んでコレクションを制作することがよくあります。この時は、民族間の対立やその結果土地を渡り歩く人たちのことを考え、いずれ日本にもそういう人たちがやってくるだろう、とイメージしました。

WWD:主宰する「coconogacco(ここのがっこう)」も縫製や仕立てなどの服作りの技術というより社会を見つめる目を養うような性格ですね。

山縣:自分のルーツと向き合いながらファッション表現を学ぶ場所です。2008年からこれまでに1000人以上世の中に送り出してきました。最近では、卒業生である津野青嵐の作品がITS20周年記念式典本の表紙を飾ったり、セント・マーチン美術大学のサラ・グレスティ(Sarah Gresty)教授が来校したりと海外ともつながりを持っています。

WWD:技術を教えることはもちろん重要ですが、同じくらい心の持ちようを教える山縣さんの存在は貴重だと思います。

山縣:今日話したいのが「心の持続可能性」についてです。サステナビリティを考える時、物質的と精神的、両方の持続可能性が大事だと思うからです。立てた問いは「ケアメゾン、キュアメゾンは可能か?」。メゾンは家、ブランドを意味します。今よりもう少し、心に寄り添ったブランド、メゾンの活動ができないだろうか?という問いです。

ファッションデザインは心の内なる人間像を外側に出す行為

WWD:その活動のひとつが昨年、長崎県の五島列島北部に位置する小値賀島(おぢかじま)での新作コレクションの展示・受注会ですね。

山縣:僕のルーツは長崎と鳥取です。東京藝大のゲスト講師として小値賀島でワークショップを行いました。日比野(克彦東京藝大学長)さんや学生と今も残る土地の文化や伝統、なくなったものなどをリサーチし、最終的には空き家を借りてインスタレーションやトークイベントなどを行いました。

WWD:その後それらの作品は、山梨県立美術館の展覧会「ミレーと4人の現代作家たち」で展示されました。

山縣:ミレーの絵画と同じ空間で展示する企画で、小値賀島で得たインスピレーションや衣服などを展示しました。シルクロードの玄関口とも言われる長崎と、シルクの終着地点と言われる山梨を結びつけることで、自分なりに新たな歴史のリサーチを重ねるよう意味合いがあります。自分が生まれ、暮らす場所の歴史を知り、リスペクトする。忘れ去られてしまったものの中にもある大切なものを見つめながら次へつなげてゆく。そういったことが「心の持続性」とつながると考えるからです。

最近は、サステナビリティ以上に「再生」を意味するリジェネラティブという概念が広がっていますが、自分たちが脈々と培ってきた文化や精神性にもリジェネラティブの姿勢をもって向き合うことが大事じゃないかと。だから小値賀島なり、日本なり、島の民の人間像って何だろう?と考えています。

小値賀島の近くにある無人島、宇々島は「自力更生の島」と呼ばれてきました。生活困窮者が移住し、税を免除されつつ生活を立て直しいずれ出てゆく。この仕組みは昭和30年代まで200年くらい続いたそうです。柳田國男が「困窮島」と呼んだこういったある種の共同体は、現代においてもインスピレーションとなりえる。

キュレーターであり作家、美術評論家のニコラ・ブリオーが最近「ラディカント」という本の中で、「群島の可能性」について言及しています。多くのものが融合し根付いている「大陸的」なものとの対比で、「島国的」はいろいろなかけ合わせで自己を作ってゆく旅人のような文化だと。群島で構成されている日本には、ニコラの「群島的な精神」があるんじゃないかと。

ファッションデザインは心の内なる人間像を外側に出す行為でもあります。ファッションデザインを通して行う対話は自他のルーツや文化の理解や自尊心の回復、心のケアや治癒にもつながり、それが結果として未来のデザインにつながっていくのではないでしょうか。

WWD:金井さんは民族衣装にも詳しいですが今の話を聞いてどう思いましたか?

金井:ファッションの方はみな、これを辿るんですよ。浜野安宏さんも「地球風俗曼荼羅」で1980年ころに南米、アジアの民族衣装を研究して「ここに未来がある」と仰っていました。オラファー・エリアソンの現代アートは彼のルーツであるアイスランドの氷の世界が創作の原点。クリエイティブの背景はその時代や文化、伝統に加えて個人の記憶、生まれる前の記憶も含めて関係があるのでしょうね。

山縣:金井さんの「素の自分」という言葉を聞き考えたのが、和服を着てきた自分たちが洋服を着ていることである種の精神的な分断が起きているのでは?ということ。自分たちの文化、存在に尊厳、自尊心を持てなければ持続可能性がちょっといびつな形になってしまうのでは。

他人からの物差しではなく「素の自分」に自信をもてる社会

WWD:「地域の社会課題を解決するデザイン」が今日のお題ですが、お2人の話は多層的で深く、簡単に答えを得られるものではない、と痛感します。

金井:ファッションはある種の自己表現ですが、「他人に見られる」自己表現だけでなく、「素の自分が着たい、地球上にたった一人でもこれを着たい」も自己表現ですよね。レストランに行くときも美術館に行くときも他人からの物差しではなく「素の自分」に自信をもてる社会、それがこれから向かう先で、僕の理想でもあります。そのためには、さきほどの山縣さんの共同体の話じゃないけど地域社会も変わらないといけない。

日本には元々、人間も自然の一部だという考え方がありますが、都心よりもほかの地域の方が自然と近い暮らしをしてきたから社会を変える力は島を含めた地方にある、と考えます。だから無印良品の社員には自分で考え、地域の方と一緒に仕事か遊びか分からないぐらいの仕事をしてほしい。それが成長だし幸せだと思うから。

山縣:無印のコミュニティーは「印が無い」という響き、ひとつのイデオロギーに引っ張られないぞ、という、多層的で混ざり合うメッセージがいいなと思います。

「僕たちが役に立てそうであれば出ていく」が出発点

WWD:金井さんにお伺いします。地域に入り、街の課題も可能性も見えていざ「無印良品」が店舗を出そうとするとき、具体的には何から始めてどう設計に落とし込んでいくのですか?

金井:「無印良品」の創業時のクリエイターは、10代の頃に戦争を経験し、大体ひどい目にあっている。戦争が終わり正反対の社会で彼らが何を思ったかと言えば、権力に対して疑いの眼差し、なんですよ。そして弱い物、はかない物への眼差しも鋭い。だから「無印」の発想を持てたのだと思う。その視点で地域を見るときは資本の論理だけではなく、「僕たちが役に立てそうであれば出ていく」が出発点。出ていくとうまくいかないことも現実問題としてはある。そこからが出発点でこの地域に本当に必要な品揃えって何だろうと一生懸命考える。そんなノリで出店をしています。

WWD:営業、商品の分野を率いてきた金井さんですが、地域社会の中でも「無印」の理想と利益は両立すると考えますか?

金井:株主総会でもそういう「バランスをどのように取るのか」といった質問が出ますが、肝心なことはバランスではなく、地域と一緒に汗かいて実態を作っていくこと。今は社会や価値観が大きく変わるタイミングで、若い世代が変えようと動いている。結果的には商売につながる、儲かると考えています。

WWD:山縣さんにとってファッションのデザインとは?

山縣:哲学者の鷲田清一さんは、著書「ファッション学のすべて」の中で、医学者・精神科医である中井久夫さんの、「心のうぶ毛」という言葉を取り上げています。ファッションデザインは心の内なる人間像を外側に出す行為であると考るとき、「ここのがっこう」の学生たちの作品はうぶ毛がぼふっと映えているように見える。

鹿児島のしょうぶ学園とのプロジェクトでは知的障がい者の作品を紹介しましたが、そこにも心のうぶ毛が、つまりある種の豊かさがありました。こういうファッションデザインの本質的な可能性をぼくは追及したいです。

WWD:心のうぶ毛、良い言葉ですね。暴力的に刈り取られてはならない心のうぶ毛。金井さんは心のうぶ毛は?

金井:僕は結構生えていると思う。アートやデザインの領域には、少し先を見ることができる人がいますよね。無印良品は地域に入りつつ、人間が生きていたら絶対必要な生活の基本の商品を、環境を害さず、むしろ使うことで環境に良くなる商品作ってひたすら頑張っていくから、山縣さんのようなアーティストはその世界をどんどん広げていってほしい。その両方が我々の社会には必要だと思うから。よろしくお願いします。

山縣:こちらこそよろしくお願いします。

サプライチェーン全体をどうやって清流のようにしてゆくかが課題

WWD:ここからは参加者との質疑応答です。

参加者:欧州ではアパレルの廃棄に関する法規制の施行が進んでいますが、それらは無印良品の商売にどのような影響をありますか?

金井:僕たちも含めて皆が、その方向に向かないとまずいだろうと、思います。リサイクルなども含めて新しいテクノロジーを取り入れて企業とお客さんが一緒にそういう社会を作るんだ、と思います。イギリスの経済学者エルンスト・フリードリヒ・シューマッハーは約50年前に「体温を保ち、着やすくて、見た目も良い服をなるべく少ない資源と労力で作るべきだ」と話しています。

参加者:創業時からサステナブルである良品計画は、それをどうやって伝えてゆくのでしょうか?伝えることは非常に重要だが、宣伝と受け取られもかねないですよね。

金井:僕らは一店舗一店舗がその地域にあり、信頼されたり、競争したりしている。(サステナブルな考え方は)コマーシャルを通じてではなく、そういった活動を地域の皆様と対話し共感の輪を拡げ、共創や協働によって伝わるのだと思います。まだ過程だが「無印良品がないと困るよ」といってもらえるところまで一生懸命に汗をかこうと思います。

参加者:山縣さんへ質問です。ルーツをコレクションやプロダクトで表現するとき、締め切りとはどう向き合うのでしょうか?最初からタイムリミットを設けてリサーチを進める?それとも自然と出来上がるものなのか?

山縣:どちらもあると思います。僕は常に発見の連続で終わりはない。ある種自分の中で旅を続けながら発展させていっている感じです。ただすべてを歴史に接続しなければならないとも思っていません。

参加者:無印良品はリーダーシップを取れる企業です。循環型社会の中で今の無印良品の取り組みは100点満点で何点?

金井:リーダーシップか、共感する場をどんどん設けて一緒に進めるかのどちらかで言えば我々は後者を選んでいます。素材、工程、包装みたいな領域ではもう済まなく、サプライチェーン全体をどうやって清流のようにしてゆくかが課題。そう考えるとまだ20点、です。

参加者:山縣さんへは、ファッションがサステナビリティにおいて、できること、可能性をどう感じていますか?

山縣:ファッションデザインの社会的な役割の一つに「人間の尊厳に対するデザイン」があります。ファッションデザインの歴史を遡ると、例えば差別的なもの、見過ごされたしまった価値観にメスを入れるようなところがあります。今僕は、人間の尊厳のために「体の中の感覚と外衣としての服がもっとつながってゆくべき」だと思っていて、サステナビリティについても、例えば問われている労働環境の問題など、そのためにファッションデザインができることがあると思っています。

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