アメリカ在住30年の鈴木敏仁氏が、現地のファッション&ビューティの最新ニュースを詳しく解説する連載。アメリカのECビジネスの深刻な問題の一つが消費者からの返品率の高さだ。試着できない代わりにサイズや色柄を多めに注文して、気に入らなければ返品するのが当たり前。アパレルの返品率は2〜3割に達し、コストを負担する企業の経営を圧迫する。アマゾンが対策に乗り出した。
D2Cブランドとは消費者にブランド商品をダイレクトに売るビジネスモデルを意味しており、その前提はネット通販(EC)である。資金調達力に乏しいスタートアップがD2Cモデルをまず選択し、売れ始めたら小売企業と取り引きを開始する、またはリアル店舗をオープンするケースが少なくない。ECの普及で低い投資でビジネスをスタートする新たな道筋が開けたのである。
弱点は手に取ったり試着したりといったリアルでの確認ができない点にある。これは解決の難しいハードルで、とりわけアパレル、ホームファッション、ビューティなどサイズや見た目といった主観的な尺度が重要なカテゴリーはハードルが高い。
D2Cモデルはスタートアップには便利だが、リアルがないというトレードオフが存在するのだ。
それもあって私は、D2Cブランドは買わなかったのだが、とうとうそのときが来てしまった。欲しい服が店頭で見つからず、ネットで探していたところインスタグラムのタイムラインに広告が流れてきて、少々悩んだ末に、試着して合わなかったら返品すれば良いと考えて買うことにしたのだ。
ECが勃興しはじめた15~20年前頃だったろうか、スマホでモノを買うなどありえないと考えていたことをはっきり覚えている。時代は変遷した。
届いた商品を試したところ、サイズはまったく問題なく気に入ったので返品することはなかったのだが、この返品すれば良いとする、一消費者としての私の思考回路は重要だ。無料返品でなければ買わなかったわけで、リアル店舗を持たないD2Cのこれが宿命である。返品コストを受け入れないと売りづらくなるのである。
例えばECでは自分が認識するサイズに加えて、大きめと小さめ、つまり3つのサイズを買って試着し、2つのサイズを返品するというユーザーは米国では少なくない。
私は流通業界にいるので企業が負担する返品コストをどうしても考えて躊躇してしまうのだが、一般消費者には関係のないことである。私の娘たちも返品に対する抵抗感はまったくない。企業が無料と言っているんだから良いじゃない、という考えである。
これをアメリカの業界用語ではワードロービング(Wardrobing)と呼び、いかに減らすかが大きな取り組み課題となっている。
一つの解決策はAR(拡張現実)技術を使い、バーチャルなトライオンをしてもらうことである。トライオンという英語表現には試着、メーキャップ、インテリアデザインのコーディネート等々が含まれる。すでに多くの企業がアプリにこの機能を導入している。
一方、AI(人工知能)を使って適切なサイズを選んでもらおうとしているのがアマゾン(AMAZON)である。何をやっているか公開しているのでここで紹介してみよう。
AIを活用してのユーザーごとにパーソナライズしたレコメンデーション
各ブランドのサイズシステム、商品レビュー、購買ユーザーのサイズの好みなどをデータとして、ディープラーニングをベースとしたアルゴリズムを開発し、各ユーザーに推奨する。データは数百万から数十億にのぼる。ユーザーが買うサイズの変化も学習するアルゴリズムも開発、例えば今月、子供用のパンツを買ったとしたら、数カ月後に大きめのサイズが必要になる可能性があるいうことをアルゴリズムが考慮する。
フィットレビュー・ハイライト(Fit Review Highlights)で関連するフィードバックを提示
サイズに関するレビューからユーザーに関連するものを選び、ハイライトして提示する。同じサイズを買った人のレビューをAIが分析し、サイズを上げた方が良いか下げた方が良いかといった判断の尺度にすることが目的。大規模言語モデル(Large Language Models)等のAIを使い、必要とされるレビューを抽出し、多数のレビューを読みやすいように短縮し要約して示す。
AIを使ってのサイズチャートの再構築
大規模言語モデルを使い、アイテムのサイズチャートデータを抽出し、標準的なサイズへと転換し、重複情報を取り除き、欠落または不正確な測定値を自動修正することで、より正確で一貫性のあるサイズチャートを作り表示する。またサイズチャートをより理解しやすくするために、レコメンドするサイズをグルーピングするなどする新しい手法を実験中。
ブランドメーカーにはAIを使ったフィットインサイツ・ツール(Fit Insights Tool)を提供
大規模言語モデルで、フィッティング、スタイル、素材に関するフィードバックを抽出し集計したツール。機械学習を使ってサイズチャートの欠陥を特定し、レビューをベースとして返品とサイズチャートの分析を解釈できるようにする。ブランドサプライヤーはユーザーのサイズ問題を理解しやすくなり、提示の仕方を改善したり、商品開発にも利用できる。
このアマゾンによる新技術も既述のARによるバーチャルトライオンも、AIを使っての取り組みということになる。返品削減もAIがキーワードなのである。また、返品フローそのものを効率化するという動きもあり、こちらも進化を続けている。近いうちに紹介するつもりだ。