PROFILE: 福田稔/A.T.カーニー シニアパートナー
ベストセラー「2030アパレルの未来」の著者でコンサルタントの福田稔A.T.カーニー シニアパートナーがこのほど、新刊「2040年アパレルの未来」を東洋経済新報社から出版した。前著は「日本企業が半分になる日」という副題の衝撃もあり、7刷の話題本となった。あれから5年。今回つけた副題は「成長なき世界で創る、持続可能な循環型・再生型ビジネス」である。グローバルの最先端事情を踏まえた日本企業の生き残りの戦略について聞いた。
過去5年に見る3つの大きな変化
WWD:前著書「2030年アパレルの未来」を発行したのが2019年。コロナ禍を間に挟み、この5年でアパレルビジネスを取り巻く環境は大きく変わった。新刊「2040年アパレルの未来」ではその変化理由と現状を整理しつつ、未来への展望を示している。まずは「変化」の3つのポイントを教えてほしい。
福田稔A.T.カーニー シニアパートナー:過去5年は、コロナ禍とインフレにより予想だにしなかった変化が起こった。変化の一つ目がまず、「多くつくり、多く売るという時代の終焉」だ。コロナ以降の市場の成長を名目ベースではなく実質ベースで見るとほぼ横ばい。インフレによる単価の上昇によって市場が一気に拡大しているように見えるが、売られている量自体は変わっておらず、むしろ作り過ぎの影響もあり、絞る傾向にある。サステナビリティの観点を踏まえても「たくさん作って、それで成長していく」時代はもう終わりを遂げた。
2点目が「中古品市場の世界的な拡大」だ。特に欧米では顕著で、中古品の売買がサステナブルな消費行動である、すなわち「物を作らないのでカーボンフットプリントほぼ生み出さない消費行動」との認知が広まりポジティブな消費行動として根付いた。もう一つ、CtoCアプリやeコマースが消費行動として根付いたことも大きい。企業も2次流通市場の事業拡大に積極的で、2次流通業者だけではなくアパレル各社も参入している。「ZARA」の「Pre -Owned」や、アダストリアの「ドットシィ」などいろいろな形の2次流通市場が出てきたことで、中古品が回転する量も回数も多くなり、市場が拡大している。
3点目は「ウェルネス市場の拡大」だ。コロナ禍を経て「幸せに生きるためには健康、ウェルネスが大前提である」といった価値観が非常に強くなり、実際にスポーツアパレル事業やアウトドア関連のビジネスが大きく伸び、まだ成長力がある。大きくはこの3つが過去5年の重要な変化だろう。
WWD:消費者の中古品への関心はサステナビリティ的な意識の変化以上に、低価格志向が理由ではないか?
福田:国や地域、価格帯によって変わり、日本においてはサステナビリティ以上に価格的側面があると思う。特にラグジュアリーは値上げを繰り返した結果、一般の人には手が届きづらい価格帯になりつつあるから、価格要素がリユース市場を押し上げている側面がある。他方で欧米においては、価格帯を問わずカーボンフットプリントを新しく生み出さない消費行動であるという認知が広まったと思う。欧米でCtoC市場が伸びている背景は、この部分が非常に大きく、それを示すデーターも多く出ている。
WWD:頻発する災害は消費行動に影響を与えているか?
福田:災害直後は買い控えやサステナビリティ意識の高まりなどが一時的に見られるが、時が経つと忘れるのが人間。東日本大震災のときも翌年以降は元に戻っていた。ただ今後、気候変動に起因する大きな災害が日本で起こると、カーボンフットプリントに対する意識がより高まり、消費行動に根付いていく可能性は大きいと思う。
欧州は北地中海沿岸で毎年山火事が発生したり、気温上昇により栽培するぶどうの味が変わりワインやシャンパンの味が変ったりと、気候変動の影響が多方面で社会問題になっている。さらに気候変動の悪化は、難民問題にもつながっている。欧州はすでにアフリカや中東からの難民問題に悩まされているが、気候変動が悪化するとアフリカでの食糧危機が間違いなく起こるので、欧州としては背に腹は変えられず、すぐにでも対応しなければならない状況だ。日本は島国なこともあり、気候変動や難民問題の影響はまだまだ少なく、その差は大きいと思う。
大手によるシェア拡大と中堅企業の淘汰が進む
WWD:著書には「大手によるシェア拡大と中堅企業の淘汰が進む」とあるが、その理由とは。
福田:ひとつめは、環境負荷を下げるグリーントランスフォーメーション(GX)に必要なコストが大きいこと。カーボンニュートラルを大前提に、「デジタルプロダクトパスポート(DPP)」へ対応するためのトレーサビリティなどGXコストがかかる。欧米では一定規模以上の企業は対応を求められており、コストを吸収できない中堅企業は厳しくなる。また、デジタル化により個人のアパレルビジネス、PtoCが今後増えてゆくことだろうから、そういったスモールビジネスと大手の間にある中堅が構造的に一番厳しくなり淘汰が進むことが予測される。
WWD:欧州委員会が導入を検討している「DPP」は商品の原材料調達から生産、販売、リサイクルに至るまでトレーサビリティを確保できるデータのこと。これは欧米の話であり、国内市場向をターゲットとする日本企業にはあまり関係ないのでは?
福田:2つの理由から関係がある。一つ目は、日本の経済産業省も同様の施策の検討を開始しており、「DPP」に対応するという方向でガイドラインを出している。また2年後に欧州での対応が始まれば、欧米ブランドは日本市場においても「DPP」対応した情報開示を始める。当然、消費者とは製品の環境負荷情報を開示した上でコミュニケーションを取り始めるから、生活者の購買時の行動変容が一気に進む可能性もある。実際、欧州では物を買うときに、製品の環境負荷やトレーサビリティを確認する行動がかなり根付いてきている。カルフールなどの欧州企業が自社PB商品を中心に開示する取り組みをしてきた結果だ。今後アパレルが開始すれば消費者は自然と見るだろう。
WWD:サステナビリティ視点からみたアパレルの課題は、気候変動、環境汚染、資源枯渇、人権、動物愛護など複数あるが中でも重要なのは何か。
福田:どれも重要なテーマであることは大前提。その上で人類および生物多様性に与えるインパクトという意味では圧倒的に気候変動だと思う。気温が2度上がれば何十万人の生活基盤が失われるというリスクを抱えている。温室効果ガス排出削減のためには、やはり抜本的に生産量の削減に踏み込まなくてはいけない。それを理解し、覚悟できている企業はまだ少ない。
WWD:GXとDXはこれからのアパレル経営の両輪だ。変革を促すためのイノベーションの重要性、特に注目している分野を教えてほしい。
福田:領域としてはまずは「素材」。消費量ベースではコットンとナイロンやポリエステルのPET繊維が圧倒的に多いが、それぞれに一長一短がある。その中で今注目を集めているのが、スパイバーのようなバイオマテリアル素材でこの領域での技術革新は目を見張るものがある。もう一つは循環再生型のビジネスにおけるイノベーション。ここもデジタル活用を組み合わせないと実現しない。代表的なのがスイスのスポーツブランド「オン(ON)」が開発した持続可能なモデル“サイクロン(CYCLON)”で、パーツを非常に極限まで削減してバイオ素材のみで作るという非常にイノベーティブなプロダクトかつデジタルを生かしたサブスクリプションサービス。まさにイノベーションだと思う。
環境負荷を減らすためには環境負荷の低いマテリアルの開発だけでなく、生産工程をいかに減らせるかも重要。「ナイキ(NIKE)」のニードルパンチ技術を用いたアパレルシリーズ「ナイキ フォワード(NIKE FORWARD)」が例に挙げられる。他にも生分解性のポリマーのような原料から、3Dプリンタで一気に完成品を作るといった技術革新にも期待している。そういう製法なら副資材を用いず、分子に戻してのリサイクルがしやすいだろう。
WWD:「一定の富裕層を捉えているラグジュアリーは盤石のように見えるが、そうでもない」とある。その理由は。
福田:一つにはラグジュアリーのあり方の変容にある。“クワイエット・ラグジュアリー”のトレンドもまさにそれを示唆している。きらびやかなだけのラグジュアリーは時代遅れであり、最先端のラグジュアリーは工芸やアートとのつながりなどよりヒューマニズムを感じられるものへと移り始めている。また、気候変動が悪化する中での富裕層や問題意識の高い層の「お金の使い方」の変化もある。社会の不安定化が進むと、彼らは気候変動に挑むクライメートテックへの投資やグローバルサウスへの支援に熱心になるだろう。近年のラグジュアリーの成長はインフレに乗じた値上げが基本的なドライバー。富裕層もインフレにより資産を増やしてきたことで吸収してきたが、今後は従来型のラグジュアリーなファッションに時間とお金を使うことが「クールではない」という動きも出やすくなると思う。
WWD:その中で日本は「商社がカギとなる」と書いているが、その背景とは?
福田:一言で言えば、商社がサプライチェーンを握っているから。そこでしか取れない情報があり、それを提供できるようになるかが、アパレル業界全体を考えたときのGXの鍵となる。サプライチェーンのトレーサビリティは、一部の大手企業にしかできない。アパレル業界は中小企業が多いから業界全体のGX&DXを進めるためには商社がカギ、というよりは、やってもらわなくては困る。
日本の商社は低価格の商材から、スポーツ、ハイエンドまで幅広いジャンルの素材生産に関わっているから集めた情報を付加価値に変えるってことができれば、それは他国にはなかなか真似できない。特に環境負荷情報については、世界中が公平なデータベースを欲している。ヒグインデックスには現状賛否両論があるから、日本発の新しいクラウドサービスデータを提供ができると、大きなビジネス機会になるだろう。
WWD:産地に見る可能性とは?
福田:日本の産地には伝統技術工芸が未だに残っており、世界的に見て希少性がある。「希少性」はこれからのラグジュアリーを語る上でのキーワードだと思う。そこでしか作れない、歴史がある、と言った産地の要素はまさに希少。LVMHメティエダールと日本のデニムメーカーのクロキの提携の背景にもそれがある。
WWD:ファブシティとは。
福田:2000年代に米マサチューセッツ工科大学(MIT)から出てきたコンセプトで、グローバル化が進んだサプライチェーンを、デジタル技術も用いて一つのロケーションに戻してゆく、新しいモノづくりのあり方。日本でも鎌倉市やつくば市といった自治体が参加している。サステナビリティの観点からも地産地消の循環・再生型の都市の姿は今後日本の産地が目指す一つのロールモデルになるのではないだろうか。
WWD:各自治体で、カーボンニュートラルと循環の動きが出てきているが、それぞれが活動して連動していないケースが多い。
福田:まさに、COP28でも議論に上がっていた。カーボンニュートラルと経済成長は両立しづらくトレードオフで捉えられがちだが、一つの経済圏の中で両立してゆくアプローチを考えて行かなければいけない。