サイモン・ホロウェイ(Simon Holloway)のデビューショーとなった「ダンヒル(DUNHILL)」の2024-25年秋冬シーズンは、“英国らしさ”という王道への原点回帰を印象付けた。前任のマーク・ウェストン(Mark Weston)は、ブランドの若返りを図りモード路線を強めたが、サイモンは「『ダンヒル』が長らく提唱してきたスタイルは、日本を筆頭に、世界で支持されてきた」として、“「ダンヒル」らしい”ことが一番との考えを、マティーニと伝統的なブリティッシュフードを振る舞った空間で打ち出した。
“英国らしさ”は、大きく分けて2つの要素から成り立っている。まずはビスポークへの思いだ。ファーストルックは、オールグレーのトップコートにピークドラペルのジャケット、ジレ、そしてトラウザー。シャツにジレ、ジャケット、そしてコートのレイヤードだが、モデルの体にフィットするビスポークの技術で、シルエットは膨張せず、まさに完璧。いずれもアームホールは斜めで、袖山はなだらか。ダブルの場合はそこから緩やかな曲線を描いてウエストでくびれ、男性のたくましい胸元をピークドラペルと共に誇る。パンツは、センタープリーツの1クッション。シャツに、サイモンが「ダンヒル」で最初に提唱した極太のネクタイを合わせたり、同系色のタートルネックを取り入れたりと、TPOに合わせてアレンジが楽しめるフォーマルスタイルだ。ビスポークの技術は、シアリングのドンキーコートからレザーのトレンチ、スエードのカージャケットまで、レザーアウターにも及んでいる。スーツ地からフランネル、コーデュロイ、ベルベット、そしてデニムまで、あらゆる素材で提唱するのは、ジャストフィットのニートなスタイル。首元で丁寧にストールを交差させたり、コントラストカラーのネクタイを選んだり、開襟シャツをチョイスしたり、その襟を立ててみたりで何気ない個性や色気、そしてフォーマルまで自分らしく楽しむカジュアルなスタンスと自信を表現する。
素材も、英国らしさ満載だ。ヨークシャーやサセックス、サマセット、ビエッラなどの工場で開発した素材は、ソルト&ペッパーやヘリンボーンウイーンドーペンから、スチールグレーにキャメル、ネイビー、チョコレートブラウンなど、色と柄においても英国らしさ満載。前任の時代に比べ、明らかにワンランクアップしている。
前任のマークとの最大の違いは、サイモン本人が言う通り、「買い足すことで、自分らしさが表現できるタイムレス・ラグジュアリー」への転換だろう。モードは、流行り・廃りを避けては通れない、良い意味でも悪い意味でも一過性の要素が強い。そこでサイモンは、上述の通り“英国らしさ”に傾倒して、普遍的なアイテムを自由に楽しむスタイルを提案。端的に言えば、「ルイ・ヴィトン(LOUIS VUITTON)」や「ディオール(DIOR)」のようにストリートやフェミニンなムードさえ取り入れるモードな路線を改め、「ロロ・ピアーナ(LORO PIANA)」や「ブルネロ クチネリ(BRUNELLO CUCINELLI)」のようなMDにシフトすることで、トレンドセッターではないものの、審美眼のある男性に改めて近づこうという戦略が見て取れる。
考えれば、新生「グッチ(GUCCI)」も同様のスタンスで新章の幕を開けたし、トレンドセッターと称される「プラダ(PRADA)」や「ミュウミュウ(MIU MIU)」さえ、紐解けばニットやカーディガン、リナイロンやレザーのアイテムを常に打ち出し、こうしたアイテムを自由に、その時々で楽しむスタイルを提唱して市場を拡大している。ドラマティックな変化は訪れにくいのかもしれないが、「ダンヒル」の新たな一歩は、2020年代のラグジュアリーの在り方をより一層明確に定義づけた印象だ。