“若者の車離れ”が叫ばれるようになって久しい。そんな若者をなんとか獲得しようと、車のサブスクやカーシェアリングサービスが多様に広がっているが、ここにきて都心に住む20代〜アラサーが車を買ったといった話をチラホラ耳にするようになってきた。「車=大人になったらみんなが乗るもの」ではなく完全に嗜好品となったことで、ファッション同様に自己表現として車を持つ若者の存在が、分母の少なさもあって目立っている。古着世代の彼らは中古車にも抵抗がなく、中でも“ヤングタイマー”と呼ばれる1980年代〜2000年ごろの中古車が、デザイン性とコスパの両面から支持されている。
「同年代の友達の間では、一番無駄な買い物は車だって言われている。でも、僕にとっては人生で最高の買い物がこいつ!」と愛車を傍らに話すのは、世田谷区在住の30歳の男性。昨年購入した1998年製の「日産 ラシーン」は、「30歳を機にやりたいことは全部やろうと思って、買うことを決意した」。購入時の走行距離は13万3800キロ、価格は150万円ほどだったという。
男性の職業は大手広告代理店のコピーライター。月に4万円弱という世田谷区の駐車場料金は、デザイン系コンサルティング会社で働く同棲中の彼女(30歳)と折半している。もちろん、同世代の中でかなり高収入に分類される2人であり、だからこそ車を持つ余裕があるのだが、それでも新車は選択肢になかったと話す。車を購入するにあたって「ラシーン」と共に調べたのは、「日産 パオ」や「フォルクスワーゲン ゴルフ2」とどちらも“ヤングタイマー”。「(新車としても人気が高い)『スズキ ジムニー』も一応チェックしたけど、『ジムニー』だって買うなら中古車だった。以前誰かが乗っていたことは全く気にならない。新車はやはり価格がネック」と男性は続ける。
カーナビではなくカセットデッキ
果たして、色や状態が理想的な「ラシーン」が見つかった。オートクルーズ機能はもちろんないし、「ハンドル操作もちょっと重い。でも、エアバックが運転席、助手席両方についているといった必要最低限な機能は、この年式なら搭載されている」という点も“ヤングタイマー”を選ぶ決め手となった。外装、内装共に特にカスタムなどは施さずに乗っているが、1点だけ強くこだわったのがカセットデッキだというのも何とも今っぽい。「カーナビかカセットデッキ、どちらを積むか選べた中で、私がカセットデッキがいいと強く希望した」と彼女。車を買う前からカセットテープを中目黒のカセットテープ専門店「ワルツ」などで少しずつ買い集めており、ドライブのたびにデジタル配信とは違う音を楽しんでいるという。
車を手に入れて「旅行に行くのが億劫ではなくなった」と2人。箱根や裏磐梯などにも出掛けたが、よく行くのは「ちょっと遠くのスーパー銭湯」と、あくまでカッコつけずに自然体。「車を買う前もカーシェアサービスに登録していたけど、予約がいっぱいですぐに借りられないことがほとんどだった。もちろん、若い世代がみんな車を買うなら“ヤングタイマー”というわけではなく、新車を追い求める人もいる。でも、車もカセットも古着も、全体的にちょっと古いものが好きというムードは今あると思う」と男性。
「車は一番デカいアウター」
若者×車×東京といった切り口で、ビジネスを立ち上げるケースも出てきた。tokyo basic car club(以下、TBCC)の南部翔也CEO(30歳)はその1人だ。広告代理店のウェブディレクターを経て独立。21年にTBCCを立ち上げ、インスタグラム(@tokyo_basic_car_club)とユーチューブ(@tokyobasiccarclub)で“ヤングタイマー”やそれに乗る20代のライフスタイルを紹介している。投稿する画像や動画は、アウトドアムードの車なら公園の緑の中で撮影し、夜が映える車なら夜景をバックに撮るといった具合に、ファッションブランドのルック撮影よろしく世界観を追求。中古車検索サイトの味気ない画像とは一味も二味も違う見せ方で、感度の高いフォロワーを獲得してきた。
メディアを運営する中で、「“ヤングタイマー”に乗りたい」「“ヤングタイマー”を価値が分かる人に譲りたい」といった声が集まるようになったことで、満を持して“ヤングタイマー”の個人間売買のマッチング事業に参入。「僕らが狙っているのは、クラシックカーと普通の中古車の間のゾーン。何百万円もするビンテージデニムは買えないけど、80年代のオールドステューシーなら買える、といったイメージ」だ。確かに、1970年代以前の“オールドタイマー”な車はクラシックカーとしてビンテージ的価値が高まるものもあるが、一方で維持は難しい。“ヤングタイマー”なら個性も楽しめる上に、維持も比較的しやすい。TBCCで“ヤングタイマー”の購入をサポートした客は美容師やカメラマン、スタイリスト、メディア関係者が多いというが、もちろん一般会社員もいる。20代が中心で、最年少は19歳。「予算は200万円あればいろんな車種が選べるし、それなら社会人2〜3年目でも頑張れば手を出せる」と南部CEO。
南部CEOやその界隈のカルチャーにとって、「車は一番デカいアウター」といった感覚なのだという。インスタのDMなどを通し、「こういうファッションや音楽が好きな自分は、車は何に乗るのがいいか」といった相談も受けるといい、TBCCはいわば車のセレクトショップ的存在。「ひと昔前は、自分の周りの先輩を見て、どんな車に乗るのがいいのか考えたのだろうが、僕らの世代にはそういう車持ちの先輩がなかなかいない。だから、TBCCのインスタやユーチューブがカタログ代わりになっているんだと思う」。
「車好きの溜まり場」をオープン
車好きが集まれる場所として、TBCCではイベントにも注力してきた。昨年は、“ヤングタイマー”を間近で見たり、乗り心地をオーナーに尋ねたりできるイベントを都内や郊外で何度か開催したが、この2月には「車好きの溜まり場」を目指した飲食店を都内に開いた。世田谷の「シットオントーキョー」がそれだ。最寄り駅の駒沢大学駅から徒歩なら15分で、店舗前には3台の無料駐車場を備える。ウィスキーやナチュールワインにもこだわるが、当然ノンアルコール飲料も豊富。「今まで、都内の車好きが集まる場所というと、神奈川の大黒ふ頭パーキングエリアや郊外の駐車場などしかなかった。少しずつ盛り上がってきた、東京の若い世代のカーカルチャーの中心になれるような場を作りたかった」と南部CEOは話す。
「シットオントーキョー」は、若い世代にカーカルチャーを広めるTBCCの活動に共感した関西圏を基盤とする中古車流通業、ユーポスがスポンサーとなって出店に至ったのだという。同様に、TBCCのもとには若い世代との接点を求める自動車関連企業からもラブコールが届いている。例えば、トヨタ自動車はユーチューブ(@toyotadriverschannel)のコンテンツ制作で、TBCCや、同じく若者×車×街といった切り口で情報発信しているカー・シティ・ガイド/CCG(@car_city_guide)とタッグを組んでいる。
もちろん、これらはあくまでニッチな点の話で、都心の若者の多くが車を持つ時代が再びやってくるかというと、それは恐らくない。ただ、われわれファッション業界でも、例えば「フリークスストア(FREAK’S STORE)」が23年秋にTBCCとコラボレーションして製作したグッズを販売したり、TBCCのもとに香港のストリートブランドからコラボ依頼が届いたりするなど、東京の若者の新しいカーカルチャーにフォーカスする動きも出てきている。一つの消費の潮流として、注目しておくのがよさそうだ。
以下、自動車専門メディアに聞く“ヤングタイマー”ブーム
なぜ今、若者に“ヤングタイマー”が支持されるのか。自動車専門メディア「ウェブ オプション」の竹本雄樹編集長に一問一答形式で聞いた。
Q:“ヤングタイマー”はなぜ人気が高まっているのか。これは若者だけの話なのか。
A:ファッションや音楽と同様に、車でも1980〜90年代に販売された旧車の人気が高まっており、それは若い世代に限った話ではない。個人的には、現行車がどれも時代要件を背負いながら周囲と戦うために肥大化し、価格も高騰。どこか表層的で、悪く言えば面白みのないデザインになってしまったことが背景にあると考えている。80〜90年代の車はどれも荒削りで非常に挑戦的。遊び心や個性、“不完全さ”があった。それがZ世代には新鮮に映り、X世代以上にとっては「あのころ買えなかった車を今!」となっている。また、車種にもよるが、旧車は現行車よりも手頃で個性も演出できる。そういった面も“ヤングタイマー”ブームにつながっている。
Q:コロナ禍の密を避ける生活様式が自動車購入を後押しした面もあるのか。
A:コロナ禍中にマイカー需要が一気に拡大したことは事実であり、ある埼玉の旧車専門店ではコロナ自粛期間の車両販売台数がコロナ前の1.5倍ペースだったという。同様の話は他でもよく聞き、コロナ禍が車の購入に対し何かしらの起爆剤になった可能性は高い。
Q:“若者の車離れ”と言われるようになって久しいが、これを機にもう一度多くの若者が車に乗るようになるのか。
A:自動車業界関係者の言う“若者の車離れ”は、(新車を販売する)メーカーディーラーに限った話だと自分は考えている。新車価格は90年代に比べて1.5〜2倍となっており、趣味が多様化した現代において新車はもはや高嶺の花。購入ハードルは高い。その一方で、旧車は選び方次第で若者にも手が届き、実際に90年代のスポーツカーをメインで扱うわれわれの媒体「ウェブ オプション」の読者では、明らかにZ世代が増えている。つまり、“若者の車離れ”ではなく、“若者の新車離れ”だ。個人的には、“ヤングタイマー”のブームは今後長期にわたって続いていくと思っている。単に移動する手段として便利なEV(電気自動車)やPHEV(充電可能なハイブリッド車)が増えれば増えるほど、(個性が光る“ヤングタイマー”が支持されるという)流れが顕著になるのではないか。