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4000人の研究者を抱えるロレアルリサーチ&イノベーション トップが語るヒット商品の生み出し方と化粧品業界トレンド

PROFILE: ステファン・オルティス/ロレアル リサーチ&イノベーション イノベーション&製品開発ディレクター

ステファン・オルティス/ロレアル リサーチ&イノベーション イノベーション&製品開発ディレクター
PROFILE: 1998年、日本ロレアルに入社。メイクアップ応用研究の責任者を経て、2003年にスキンケアおよびメイクアップ応用研究・開発部門の責任者に就任。日本ロレアル リサーチ&イノベーション ディレクター、ロレアルリサーチ&イノベーション アジアゾーン ディレクター、同 コスメティック・インターナショナル・ジェネラルマネージャーを経て、22年にロレアルリサーチ&イノベーションのコスメティック(スキン、衛生品、メイクアップ)、ヘア、フレグランス、カラーを含むイノベーション&製品開発部門のディレクターに就任。21年1月からロレアルグループのダイバーシティ&インクルージョン委員会のメンバーも務める PHOTO:SHUHEI SHINE
世界最大の化粧品企業であるロレアルグループ(L’OREAL GROUP以下、ロレアル)の研究開発部門のロレアル リサーチ&イノベーション(L’OREAL RESEARCH & INNOVATION以下、ロレアルR&I)は、日本を含む世界各地の拠点で4000人以上の研究員が日々研究開発に取り組んでいる。ロレアルの戦略の根幹を成す組織の仕組みや裏側、化粧品業界の展望について、「イノベーション&製品開発」部門を指揮するステファン・オルティス(Stephane Ortiz)=ロレアル リサーチ&イノベーション イノベーション&製品開発ディレクターに聞いた。

科学、消費者、従業員
3つの多様性を重視

WWD:ロレアルはリサーチ&イノベーションを戦略の根幹に掲げるがその背景は?

ステファン・オルティス=ロレアル リサーチ&イノベーション イノベーション&製品開発ディレクター(以下、オルティス):100年以上前にさかのぼると、ロレアルは1人の化学者ウージェンヌ・シュエレール(Eugene Schueller)により誕生した企業だ。そのため、ロレアルの中核には常に科学がある。ロレアルR&Iは世界でも最先端と言える研究機関で、2022年は約10億ユーロ(約1630億円)を投じ研究を進めている。4000人の研究者が有する専門知識や、科学的な特許などのリソースがわれわれの貴重な財産となっており、競合他社との競争優位性にもなっている。

WWD:どのような専門分野を持つ研究員で構成されているか。

オルティス:ロレアルR&Iでは3つの多様性を重視している。1つ目は科学の多様性。科学の領域の中で50以上もの分野を対象に研究を行っている。2つ目は消費者の多様性。R&Iのハブは世界中に7拠点ある。日本、中国、インド、南アフリカ、フランス、ブラジル、米国の7カ所にあることで、それぞれのエリアのお客さまと非常に近距離でコミュニケーションができる。美に関する課題や悩み、何を感じているか、親近感を持って当事者として関わることでニーズを満たすことができている。例えばブラジルの消費者は、髪の毛に強いこだわりがあり専門知識もあるため髪に対する要望のレベルが非常に高い。一方で、米国はメイクアップに対する意識が高い。日本のお客さまはスキンケアのリテラシーが高く、こだわりが強いことが分かっている。3つ目は従業員の多様性。ロレアルR&Iではグローバルで66、日本では19の異なる国籍を持つ従業員がいる。その理由は、多様なアプローチ、戦略を取ることにより、さまざまな機会を間違いなく捉えられるからだ。

スピード感を生む開発フローと
優れた消費者理解が強み

WWD : 大きな組織でありながら、スピード感のある意思決定や商品開発ができる理由は?

オルティス:ロレアルR&Iには非常にこだわりを持った、ほかとは違う開発フローがある。1つは消費者インサイトに基づいて研究開発を行っている点、もう1つの特徴がアップストリーム(消費者側から開発側)からダウンストリーム(開発側から消費者側)への流れで開発を行っている点だ。最終目的は、全てのお客さまの要望に沿った高性能な商品開発だ。R&Iだけでなく、マーケティングやオペレーションチームと協働しながら、毎年1000以上の新商品を生み出している。スピード感のある開発が可能なのは、人材の力が大きいが、われわれが蓄積してきたデジタル力とデータも大きく貢献している。

ステファン・オルティス=ロレアル リサーチ&イノベーション イノベーション&製品開発ディレクター

さらに、R&I内は大きく3つの部署がありそれぞれが密に連携する。1つ目は「イノベーション・ディレクション」と呼ぶチームで、消費者のニーズや最新トレンド、消費者のインサイトを理解することに主眼を置く。人材はマーケティングのバックグラウンドを持つ人が集まっており、消費者をきちんと理解するために情報収集を行う。彼らは特定のブランドに所属せず、全てのブランドに対して貢献すべく活動する。そして2つ目が「アドバンスト・リサーチ」と呼ぶ先進科学のチームだ。このチームには肌や髪に対して科学的な知見が多くあり、新しい分子や有用成分を開発・発見している。過去にはエイジングケア成分のプロキシレンや、最近では「ラ ロッシュ ポゼ(LA ROCHE-POSAY)」のUVミューン400などを開発した。

3つ目は「オープン・イノベーション」チームといい、科学とテックの分野で常に最前線を走るためにスタートアップやさまざまな研究機関と連携を取り、将来の美の創造のためのエコシステム構築を進めている。これら以外にも、「エバリュエーション・インテリジェンス」チームが、毎年1万7000以上もの商品が市場に出て認知される前に、評価を確認する作業を進めている。そのほか、薬機法などの規制や商品の安全性、法遵守などを確認するチームもある。

WWD:それぞれのチームの規模は?

オルティス:グローバルで、「アドバンスト・リサーチ」が約500人、「イノベーション・ディレクション」は約30人の小規模なチームで、それぞれのチームが密に連携を取り商品開発を行う。「オープン・イノベーション」のチームが発足したのは、10〜15年ほど前だ。

WWD:ロレアルグループの現在の勢いを支える中核とも言える組織だが、機能させる秘訣は?

オルティス:これで全てがうまくいくというマジックレシピは存在しないが、ロレアルグループが37もの国際的なブランドを有し、お客さまの異なるニーズを満たせていることが強みだ。さらに科学的な専門性と想像力があることにより、非常に革新的で面白い商品開発ができている。加えて、消費者理解に非常に長けていることも大きい。これはわれわれの唯一無二の能力と言ってもよいほどで、非常に高いレベルで消費者の理解を進めている。お客さまの具体的なニーズに特化し、そこに向けて商品を開発する。さらに、それぞれのブランド哲学や価値観に沿って商品を具現化できていることも大きな意味がある。

注力分野はサステナビリティと
ウルトラパーソナライズド

WWD:現在、ロレアルグループで最も注力する研究分野は?

オルティス:当社は100年以上にわたり美を追求してきたが、最終目標は「世界を突き動かす美の創造」を掲げる。われわれのミッションは全ての人にとってよりインクルーシブで一人一人にパーソナライズされた、サステナブルな商品や経験を届けることだ。その中で、2つの重要なキーワードがサステナビリティとウルトラパーソナライズドだ。サステナビリティに関しては、ロレアルグループは4年前によりサステナブルな世界に貢献するという新たな決意として「ロレアル ・フォー・ザ・フューチャー」というプログラムを策定した。30年までの達成を目指す非常に野心的な数値目標を掲げている。これは科学的なアプローチに基づくもので、プラネタリー・バウンダリー(地球の限界)を尊重した上で商品開発を行うことに主眼を置く。

具体的には、グループの全商品が100%エコデザインで、全処方が海洋生態系に対してダメージを与えないことを目指す。95%がバイオベース、もしくはその循環中に由来する原料で作られることを目標としている。ロレアルR&Iが強く信じているのが、将来の美を考えた時に、自然界にこそそれがあるということ。自然由来、自然からインスピレーションを受けたものにこそ、未来の美が存在すると感じている。そのため、商品開発の前工程で環境配慮を可能にするグリーンサイエンスの分野に注力している。

ウルトラパーソナライズドに関しては、10年以上前からデジタルレボリューション、DXに力を入れてきた。この大きなシフトを遂げることで、化粧品業界でeコマースやデジタライズの面で大きく前進することができた。5年前には2つ目のデジタルレボリューションとしてビューティテックを積極的に取り入れた開発を始めた。ここで掲げたビジョンは、IoTやビューティデバイス、ARやVRなどの技術を活用した商品や体験の提供で、これらにAIなども加えて、お客さまに体験していただける革新や体験を目指し改善を進めている。これまではビジョンに「皆さまに美を提供する」ことを掲げていたが、ビューティテックを活用することにより、「1人1人の、あなたにとっての美を提供する」に変えることができた。この分野は今後も注力する。

WWD:次のレベルのパーソナライズド商品にはどんなことが期待できるか?

オルティス:お客さま1人1人に合わせた商品開発が夢の話ではなく、現実世界に起こり得るだろう。ビューティテックは非常に精緻化されており、お客さまの肌診断から、アプリケーション、処方においてまで進化している。例えば、われわれがパートナーシップを組む米国のグーグル(GOOGLE)の系列企業のヴェリリィ(VERILY)はお客さまの髪に関する個人データを非常に細かいレベルで持っており、将来的には個人向けにパーソナライズされた処方の開発を目指している。

ステファン・オルティス=ロレアル リサーチ&イノベーション イノベーション&製品開発ディレクター

WWD:サステナビリティに関してさまざまなステークホルダーがいる中で、30年までの達成を掲げる目標に対して一番のハードルは?

オルティス:先ほど申し上げた30年までに原料の95%をバイオベースにする目標は、困難な状況に実はある。ただ同時に、化粧品業界をリードする立場として、そしてサステナブルな未来を実現する立場として、ロレアルはこれを果たす役割があると当然考えている。責任者としてこの目標を追っていくわけだが、質問に答えるのが非常に困難な理由は、サステナビリティはもちろん担保したいが、同時に品質においても革新的でより良い商品を生み出していかなくてはならないからだ。この両輪を突き動かさなくてはいけない。

サステナビリティ実現までの旅においては、化粧品業界全体がサステナビリティの方向に動かなくてはいけない。さまざまな企業、そしてセクター全体が関わっているので、多くの研究機関や企業、ステークホルダーと関わっていくことが重要だ。非常に困難な環境ではあるが、グリーンサイエンス、バイオテックの進歩により、これらを駆使することで明日、そして明後日には新しいイノベーションが生まれ、よりイノベイティブでサステナブルな成果が出せるようになるかもしれない。実際、サステナビリティ目標を策定した10年前を振り返ると、非常に野心的な目標であるが故にたくさんの研究者から「絶対に無理だ」という声が挙がったが、そこから状況が大きく変わっている。われわれの力で成し遂げようという自信も同時に持っている。

ウエルネストレンドに対する
ロレアルの取り組み

WWD:現在、ウエルネス、ヘルスケアのトレンドがあるが、ロレアルR&Iとしてのアクションは?

オルティス:化粧品業界では3つの大きなトレンドがある。1つ目のキーワードは気候変動。酷暑や熱波、そして大気汚染が大きな問題になっている。将来、消費者は1人1人が紫外線から自分の身を守る必要が出てくるだろう。2つ目が、多くの消費者がニキビやアトピー、頭皮の状態など問題を抱えており、さらにそれに対して自覚しきちんと発言できるようになってきている。肌と髪の健康に対して消費者が非常に高い意識を向けていることから、ロレアルR&Iとしては、エクスポソーム(人が生涯曝露する環境因子の総体)サイエンスや肌と頭皮の科学に関して非常に多くの知見を持っており、健康と美の両方に対してイノベーションを生み出していきたい。3つ目が、ビューティテックだ。人々がより良く、肌や頭皮の健康状態を管理できるツールの活用が進んでいる。ロレアルでは、ブリーゾメーター(BREEZOMETER)と連携し、気温や大気汚染の度合いを計測して、皮膚科学の専門知識と知見に基づく商品を開発している。科学に基づく商品がこれからも人気を博していくだろう。

ウエルネスは非常にトレンドとなっている概念で、理由は人口全体の高齢化などもある。消費者の行動や期待が健康やウエルネスにシフトしていることにより、老化、エイジングという言葉自体の定義がもう一度見直され、再定義されている。例えば、私がロレアルに入社した25年前は、若年層に対して紫外線対策の話をしてもあまり耳を傾けてもらえなかった。今はアメリカでも中国でもZ世代と言われるような若い世代はエイジングサインに対する予防の意識が非常に高い。

その一方で、自分が年齢を重ねていくことを隠したり否定したりするのではなく、ウェルエイジングと言って、いかに素敵に年を重ねるかという考え方をする層が増えている。そのため、エイジングという考え方からロンジェビティ(健康長寿)、見た目の面でも気持ちの面でもいかに健康的に長く生活を楽しむかという考え方に変わってきている。概念だけではなく、サイエンスに基づき変わってきている側面もあるので、国や研究機関、さまざまな企業がこの分野に投資し力を入れている。化粧品業界だけではなく、ほかの業界でもロンジェビティを実現すべく研究開発が行われている。

われわれは化粧品業界にとってもこのことが新しい時代の幕開けになると確信している。ロレアルR&Iとしてはこのことに非常にワクワクしており、エクスポソームだけでなくエピジェネティクス(個体発生や細胞分化の過程など重要な生命現象における必須のメカニズム)、マイクロバイオーム(微生物が持つゲノム情報の総体)、再生科学分野などの技術も活用してイノベーションにつなげていきたい。

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