ファッション
連載 須藤玲子の見果てぬ布の旅 第8回

インテリアデザイナー、グエナエル・ニコラが見た「アーティスト須藤玲子」【NUNO 須藤玲子の見果てぬ布の旅 vol.8】

須藤玲子「NUNO」代表兼ディレクターと「NUNO」の活動するフィールドは、ファッション、インテリア、建築、アートまで幅広い。なぜ「NUNO」は領域を横断し、越境し、乗り越えられるのか。その理由を、デザイン事務所キュリオシティ代表兼クリエイティブ・ディレクターのグエナエル・ニコラ氏は「須藤さんはアーティストだから」と語る。8回目の今回は優れたクリエイターによる「須藤玲子論」。(文中敬称略)

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既存の価値観にとらわれない部分で共感

須藤の活動の場は幅広い。テキスタイルデザインにはじまり、東京・六本木の「NUNO」店舗の運営、国内外での展覧会の開催、数多くのレクチャーへの登壇、数年前までは大学で教鞭も執っていた。テキスタイルデザインの分野においては、インテリアデザイナーや建築家との協働も永く行ってきている。「空間を構成する要素として布をどう活かせるか。互いに刺激を受けあいながら、相乗効果を生みだすフックのような存在になれたらという思いで、テキスタイルをデザインしている」と須藤は言う。

その須藤のテキスタイルに大きな価値を見いだしているのが、インテリアデザイナーのグエナエル・ニコラだ。ふたりが出会ったのは2007年、ともに参加したシンポジウムの席だった。既存の価値観を疑い、新しい考え方や感覚を創出することに積極的なニコラのトークが、須藤の記憶に強く残った。そしてその年のうちに、ふたりは協働し始める。最初のプロジェクトは家具ブランド「アルティ(ARTI)」のためにニコラがデザインしたシステムソファ“Intersect”だ。特殊なジョイント構造を持ち、組み合わせ次第でさまざまなフォルムが生まれる。須藤がデザインしたテキスタイルはモノクロのグラデーションがあり、光に当たると床面となじんで存在が希薄になっていく。大理石のように見えるそのテキスタイルは「層」という名で、システムとレイヤーが相まって、豊かな表情をつくり出した。

そして2009年、ふたりは再び家具に取り組む。日本の繊維技術の可能性を周知すべく始まったプロジェクト「TOKYO FIBER」で、ニコラは「ミストベンチ」を発表。ひとの動きに感応して、座ろうとするとその場所が光り、離れると光は消えて闇となる。重力を消し去り浮遊感をつくり出したユニークなベンチの立役者が、須藤のテキスタイル。なんと光ファイバーを自分たちで手編みしてテキスタイルに仕立て、アクリルのベンチをくるんだ。「最新技術を手仕事が操る面白さがそこにはあった」とニコラは振り返る。

その後も数多くのショップや居住空間などのプロジェクトで、ニコラは須藤にテキスタイルデザインを依頼している。素材に関する知識は存分に持ち合わせた上で、ルールを度外視してイメージを具現化させていくのがニコラの持ち味のひとつ。「無茶ぶりなんですよ」と須藤は笑う。たとえば先ごろ開催された水戸芸術館での展覧会でも紹介されているレストラン「ジャン・ジョルジュ トウキョウ」の階段吹き抜けに設置されたオブジェは、「横に積層されている布に光を均等に当ててオブジェにしたい」というニコラのリクエストから始まった。テキスタイルの性質を知っていればいるほど難問であるこのお題に、須藤はスタッフと共に実験を重ねたという。結果、熱可塑性の特性を持つポリエステルを加工して重ねることで、布の柔らかさも感じさせながら、リクエストに応えた。「ルールの範囲内でのものづくりはつまらない。どうやれば実現できるか、それは自分もわかっているけれども、須藤さんがすることでもっと面白くなる」(ニコラ)。

ニコラにとって、須藤はデザイナーではなくアーティストなのだという。「素材や技術の話をするのがデザイナーだとしたら、彼女はまったくそこには触れない。ふたりの打合せで素材や技術の話は出ない。彼女もしないし、私もしない。私にとって大事なのは、須藤さんがつくり出す布が空間にどんな影響を与えるか。それに彼女の布は『和』を感じさせない。タブーをもうけることなく、布が持つ可能性を駆使してデザインしている。あえて言えば『無文化』で、すべてをなくして彼女だけの世界をつくっている。それが大きな強み。誰もつくっていない布をこれからももっと生みだしてほしいし、私自身がそれを見てみたいと願っている」。

これまでのプロジェクトで須藤が見せてくれたサンプルのすべてを、ニコラは保管している。「須藤さんの『布愛』がつまっている」。小さなサンプルの数々は、ニコラの頭脳にもデータベース化されていて、思いがけず新たなプロジェクトに復活することも。

「重力」さえも超越、自動車や航空など領域はさらに広く

ニコラがデザイン監修したマンション「ザ・パークハウスグラン 神山町」の共用ラウンジに採用した須藤のオブジェがまさにそうで、ソファに腰掛けたときにちょうど目線にくるロープ状のメタルメッシュ。非常に硬質で重厚な印象を与えるのに、実際は軽やかな布という意外性。ニコラがこのプロジェクトの構想を練り始めた5年前のスケッチがそのままかたちになっているかのようだ。「金属などほかの素材も考えたけれど、須藤さんのサンプルに最適なものがありました。大切なのは、材質ではなく表現。私は、重そうに感じるけど軽いというような、振れ幅が大きいものに惹かれる。布はその点でもポテンシャルを秘めている。色、素材感、テクスチャーといったものを自在にコントロールできるのは、布と紙が突出している」。

さまざまな業界でこのポテンシャルを生かすことが必要だとニコラは提言する。「新素材などの技術開発には長けているのに、もっぱらファッションとインテリアとプロダクトに用いている日本の現状はもったいない。『重力』から解放される素材なのだから、建築や自動車、航空など、幅広い分野でさらなる活躍の場がある」と説く。これからも、ニコラの柔軟かつ固定概念にとらわれない思考と須藤のものづくりへの姿勢が重なることで、テキスタイルの表現が拡張していくことだろう。

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