ファッション
連載 須藤玲子の見果てぬ布の旅 第11回

須藤玲子&齋藤精一、現場を重視する2人の卓越したクリエイターによる「日本のものづくり論」

グッドデザイン賞の審査委員長、東京クリエイティブサロンの統括クリエイティブディレクター、来年開催される大阪・関西万博EXPO共創プログラムディレクター。数々の要職に就くパノラマティクス(旧ライゾマティクス・アーキテクチャー)主宰の齋藤精一氏は、日本のものづくりの現状を、その現場で目の当たりにしてきた。須藤の布づくりの現場である全国各地の工場へも、映像制作のために足を運び、交流している。後編ではだからこそ見える課題や可能性について聞いた。

PROFILE: 齋藤精一クリエイティブディレクター/パノラマティクス主宰

齋藤精一クリエイティブディレクター/パノラマティクス主宰
PROFILE: (さいとう・せいいち):1975年生まれ。建築デザインをコロンビア大学建築学科(MSAAD)で学ぶ。2006年にライゾマティクス社(現:アブストラクトエンジン)を設立。社内アーキテクチャ部門を率いた後、2020年に「CREATIVE ACTION」をテーマに、行政や企業、個人を繋ぎ、地域デザイン、観光、DXなど分野横断的に携わりながら課題解決に向けて企画から実装まで手がける「パノラマティクス」を結成。23年からグッドデザイン賞審査委員長。25年大阪・関西万博EXPO共創プログラムディレクター PHOTO:YUUTA FUCHIKAMI

現場を知り尽くす須藤さんはこれからの時代に必要な「卓越したミドルマン」

我が国の経済を支えていた時期もある繊維産業だが、その勢いはもはやない。それでも奥深く、魅力的な産地がのこっている。そう信じる須藤は積極的に工場を訪れ、すぐれた技術を持つ生産者と出会い、彼らのポテンシャルを引き出し、引き上げ、見たことのないテキスタイルをつくり出してきた。「技術」がクリエイティブの実現に欠かせないことを熟知しているからこそ、職人に敬意をはらい、共創の姿勢を貫く。「そこも玲子さんのすごいところで、技術や布の組成をほんとうに理解しているがゆえに、それぞれの工場の秘めたる可能性をぐんぐん引き出す」(齋藤氏)。

そういう須藤のような存在がこれからの日本のものづくり、クリエイティブには必要不可欠で、齋藤氏は「ミドルマン」と形容する。「これからのクリエイティブはゼロから新たに生みだすことではなく、すでにある素晴らしい資源や技術やデザインをいかに活用するかが求められる。それにはつま先がちょっと浮くような、思いもつかなかったアイデアを提起できる人物が必要で、玲子さんは本人も気づかぬ間にそれをやってのけている。ものづくりの背景を現場以上にわかっていて、その土地らしさも知り抜いていて、そこにご自分のアイデアを入れていく。『あの人ならこういう織りができて、あの人のところにあるあの機械で刺繍して』と組み立てられる。逆に言うと、背景や土地ごとの特色をわかっていないとそういう提案はできない」。

デザイナーと、ものづくりを行うクラフトの立場。いまの時代、ミドルマンは前者でないとできないと齋藤氏は言う。「日本のほかの産業と同様に、繊維産業も量産化の結果工業化した。それが衰退してクラフトとしてのこっている。産地ごとの特色はあっても、同じものを作っている。彼らはいつまでにどれだけの量をどこまでのクォリティで納品するかということは得意だけれど、どんなブランドがどんな意図で作ろうとしているのか、そういうことには興味を持たないのが大半。それをデザイナーである玲子さんが軽やかにつないで、新たなものを生み出している」。

ただしすべてのデザイナーがミドルマンの資質を持っているわけではない。むしろ少ないと齋藤氏は見ている。「クラフトに入り込むには、彼らに対してリスペクトがあり、彼らからもリスペクトがもらえるようなものづくりの姿勢が大切。その点が乱暴なデザイナーが多いのも事実で、ただ発注するだけ。そういう人はカタログから選ぶことしかできないし、踏み込んだものづくりができない。べつの視点で玲子さんがすごいのは、現場の人に一部を委ねることができるところ。それができないデザイナーの方が圧倒的に多く、細かくディレクションしすぎる結果、均一化した工業製品になってしまう」。

「デザイン✕クラフト」で変わる、日本のものづくりの未来

ものづくりを深く理解するには、ものづくりの現場に行くことが最善で、行かないことにはわからない。この点を齋藤氏は強く自覚しており、自ら林業といった第一次産業にも携わり、芸術祭に参加するなら設営も行い、「ものが作られ、生まれ、育つ現場」に身を置く。「クリエイティブは、作り方を知っているか否かで変わる。ゆとり世代が魚は切り身で泳いでいると思っていたというエピソードがあるように、クラフトに限らずハイテクでも、いつの頃からかデザインはブラックボックス化してしまった。布がどうやってつくられているか、コーヒーマシーンがどういう構造でボタンを押せばコーヒーが出てくるのか、わからないまま過ごしている。それが近年、透明化されようとしてきていて、そこは大きな変化。だからでしょう、若い人は、クラフトを知ろうとしている。これからを変えていくだろうと期待するデザイナーはみな『クラフトを知っている』という共通点があり、自分でも作れる。でも自分よりも作り方を熟知して長けているクラフト側の人がいることもわかっていて、その人たちと組む。クラフト側も同様で、このデザイナーとなら新しいものを作れるかも知れないと感じている。自分はファッション業界は初心者だけれども、ファッション業界はこの点が希薄に感じる。もっと日本のクラフトを重用すべきではないだろうか」。

ミドルマンの台頭が鍵となり、さまざまな分野のデザインとクラフトが強く結びつくことで、日本のものづくりの未来が変わる可能性が高まる。示唆に富んだ、齋藤氏からの提言だ。

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