アメリカ在住30年の鈴木敏仁氏が、現地のファッション&ビューティの最新ニュースを詳しく解説する連載。スポーツ市場を論じる際、ナイキ、アディダス、アンダーアーマーといったメーカーが俎上にあがることが多いが、それらを扱うスポーツ専門チェーンという側面でみても巨大なビジネスであることは変わりない。そしてスポーツ専門チェーンはアパレル専門チェーンとも同じ土俵で戦いを繰り広げている。
イギリスのスポーツファッション専門店チェーン、JDスポーツがアメリカのヒベットを買収すると発表したのは5月のことだ。ヒベットは上場企業で、発表時の公開株価に20%プレミアムを乗せた11億ドルが買収総額である。
JDスポーツはイギリス、フランス、スペイン、韓国、アメリカなどグローバルに店舗を展開していて、年商は101億2500万ポンド(200円換算で2兆250億円、1.30ドル換算で131億6300万ドル)、総店舗数は3400店舗強。アメリカには2018年にフィニッシュライン(買収時点で556店舗)の買収で初進出し、21年にシューパレス(同167店舗)とDTLR(同247店舗)を追加で買収しているので、現時点で3つの屋号をアメリカで所有している。
今回買収されるヒベットも同業だが、すでに傘下に収めている企業よりも規模が格段に大きい。ヒベット960店舗、シティギア193店舗、スポーツアディションズ16店舗、計1169店舗で、昨年度の年商は17億2900万ドル(150円換算で2600億円)だ。アメリカでは10億ドル(日本ならば1000億円)が年商のマイルストーンなので、大企業クラスである。
大手ブランドに対して交渉力を上げる
JDスポーツによると、今回の買収によって北米の売上高は47億ポンド(200円換算で9400億円)となり、連結総売上高に占める比率が32%から40%になる。
買収の目的はもちろんアメリカの市場規模の大きさだ。世界最大の1210億ドル市場(約18兆円)で、投資に対するリターンは十分にあるとしている。
グローバルブランドとしてのナイキやアディダスなどは、JDスポーツにとってもヒベットにとっても重要な取引先となるが、両社の取引を合算することで交渉力を上げることができる。グローバル化しているブランドを取引先とする以上、自らのグローバル化は必須だ。
これは私の推測だが、すでに傘下に収めている3つの屋号もすべてヒベットの下に集約して、ヒベットを米国事業の主体とするのかもしれない。
英国企業が米国へ、米国企業が英国へと、過去たくさんの企業がお互いに進出しているが、多くが失敗している。両国は言語を共有しているが、言語が必ずしも成功を約束しないことは過去の歴史が物語っており、既存企業を買収し、その企業に十分な権限を渡して運営することは、海外での成功の近道である。
スポーツウエアは日常着になっている
アメリカのスポーツ専門店チェーンの最大手はご存知のルルレモンだ。昨年度の売上高は96億1900万ドルで、英ポンドあたり1.30ドル換算だと実はJDスポーツの後塵を拝していることになる。前者は製造小売り型(SPA)、後者は日本で言うところのセレクト型という相違はあるのだが、スポーツファッションという大きなくくりの中で見ると、JDスポーツはトップクラスの企業なのである。
またアパレル専門店というくくりで見るならば、インディテックス(ザラ)、H&M、ファーストリテーリング(ユニクロ)に次いで、ギャップを越えて3位となる。
私はナイキやアディダスといったスポーツブランドを普段着としている。スポーツファッションは運動用途に限られておらず、むしろ日常着として使われていることの方が多いだろう。
ルルレモンはもともと高級ヨガウェアが出発点だったが、顧客が街着として着ていることを発見して、ファッション性を高めたことで市場が拡大したという成功物語は有名だ。アスレジャーである。
つまりスポーツ専門店チェーンとアパレル専門店チェーンは競合しているのだ。JDスポーツのアメリカ進出はそういう視点で見る必要があると考えており、それゆえ私はヒベットの今後の動向に興味津々なのである。