ファッション

海外メディア絶賛の「オーラリー」「ダブレット」「ターク」 日本人デザイナーの評価が急速に高まるなぜ

2025年春夏シーズンのパリ・メンズ・ファッション・ウイークは、日本ブランドなくして語れない。潤沢な予算を持つビッグメゾンと、スポンサー企業のバックアップがある国際的ブランドが公式スケジュールに並ぶ中、インディペンデントな日本人デザイナーによるブランドが、海外のメディア関係者と小売店のバイヤーの両方から高く評価されている。

少し前は“ハイプ(熱狂を誘う一時的な流行)”という言葉が台頭し、今は“クワイエット・ラグジュアリー”がトレンドを超えて一つの美学として定着しつつある。この潮流に、日本ブランドの上質な生地と仕立て、ディテールにまで配慮された繊細な美意識がうまく合致しているのだろう。円安も後押しして、海外バイヤーにとって日本製品を買い付ける絶好のタイミングでもある。これまでは、ディテールにこだわりすぎて、その良さを伝えきれずに海外で苦戦した日本ブランドも少なくなかった。しかし、ここ数シーズンの日本ブランドのパリメンズでの評価は、トレンドに迎合するのではなく、自身の美学を貫き、真摯にモノづくりと向き合い続けた、過去の積み重ねによる一つの成果である。

また、規模の大小にかかわらず、ビジネスは結局のところ人と人との信頼関係で成り立っていることを考えると、正確さや丁寧さ、きめ細やかさが、製品だけでなく人間同士のコミュニケーションにも反映され、日本への信頼につながっているのだと想像できる。海外在住12年目を迎える筆者は、日常生活でもそれを感じるからだ。プレスやセールス、世界トップクラスの高い技術力を誇る生産者といった、ブランドに携わる全ての人を称えたい。そういった表には見えない人々の支えがあって、日本ブランドがパリという世界の舞台で存在感を示している。特に次世代を担う、中堅ブランドの躍進が目覚ましい。辛口ジャーナリストも褒めちぎる、海外メディアの日本の中堅ブランドへの講評を紹介する。

「オーラリー」
「執念のようなこだわり」

海外の主要な小売店のバイヤーと影響力のあるジャーナリストは、パリメンズ初日にショーを開催した「オーラリー(AURALEE)」に集結した。前シーズンにプレゼンテーション枠からショー枠に変更し、知名度を飛躍的に向上させて、海外での日本ブランドの評価を一手に担っている印象だ。同ブランドを今季のベストブランドと評した仏新聞紙「ル・フィガロ(LE FIGARO)」ジャーナリストのマチュー・モルゲ・ズッコーニ(Matthieu Morge Zucconi)は、記事でその魅力について語っている。「ここにはファンタジーや壮大なスペクタクルはなく、ただ服があり、美しく、シンプルで、それゆえに非常に魅力的なのだ。服を着るのが好きな全ての男性の、執念のようなこだわりが詰まっている。パンツの前面にあるフラップ付きのチケットポケット、襟の堅さ、ジャケットの肩の配置、レザーボンバーのパッチポケット、必要以上に伸びたギンガムチェックの袖の端、堅苦しく見えないように少し結び目を解いたネクタイ。同じトーンのカラーやフレッシュバターのイエロー、パッと目を引くカーディナルレッド、地味じゃないスカイブルー、極上のインディゴ。これはファッションではなく、スタイルである。『オーラリー』ほど個性豊かにスタイルを作れる人はいない」。

「ヴォーグ・ランウエイ(VOGUE RUNWAY)」のホセ・クリアレス・ウンズエタ(Jose Criales-Uzueta)は、同ブランド最大の武器である生地に着目した。「岩井デザイナーが全ての生地を自社で生産しているのは有名だ。それが、このブランドがパリで繰り返し話題になる理由の一つである。今季は、最も予想外の繊維を夏用の生地に仕立てるのが挑戦だったという。そして彼は、柔らかくて洗えるカシミアでセーターを作り、薄手の軽量ウールのシャツを作ることに成功した。『オーラリー』を単なるスタイルの良さだけで片付けるのは安易すぎる。服のスタイリングと、ランウエイで披露される絶妙なニュアンスは、間違いなく魅力の一部だが、それを並外れたものにしているのは、服が作られる際の配慮にある」。

米「WWD」のアレックス・ウイン(Alex Wynn)は、「“クワイエット・ラグジュアリー”という形容詞が、岩井デザイナーが手掛ける『オーラリー』以上にふさわしいものはいない」と定義した。辛口ジャーナリストとして有名な「ファッション・ネットワーク(FASHION NETWORK)」のゴッドフリー・ディーニー(Godfrey Deeny)=国際編集長も、「パリでの2回目のショーは、岩井デザイナーの才能を証明するものであり、パリで最もクールなブランドの一つになろうとしている」と賞賛。「エレガント、またはリラックス、実用的またはフォーマル、本質的であると同時に洗練された『オーラリー』の服は、常に適切な場所に適切なタイミングで存在し、シンプルさにおいては完璧なように見える。ランウエイで私たちが見出したのは、日常生活とその美しさへの賛美である」と続けた。「オーラリー」の服は、素朴さの中に趣を感じさせ、風情のある情緒的な美しさが宿る。ファッション業界のトップに君臨し続けるメジャー級の日本ブランドとは異なる、一言では形容しがたい日本人らしい繊細な美意識が海外でも評価されている。注目度が上がればハードルは高くなるが、実績と経験のあるブランドだけに、次シーズンのショーにも期待できそうだ。

「ダブレット」
「スリル満点のブランド」

個人的に、海外メディアがどのようにリポートしたのか最も気になっていたのが「ダブレット(DOUBLET)」である。“推し活”というサブカルチャーに着想を得たコレクションだが、“推し”の翻訳だけでも難しい。“痛T”の意味、応援団長の変形学ラン、ゲストに配られた「指さして」などと書かれた応援ウチワまで、日本独特の“推し活”アイテムをどのように理解したのか、もしくはされなかったのか、興味があった。結論からいうと、ほとんどは理解されているようだ。ディテールはさておき、重要なのはユーモアとウィットに富んだクリエイションを通して、笑いを生み、幸せな気持ちを共有するという、井野将之デザイナーの意図が伝わっていることだろう。

米「WWD」のマイルズ・ソーシャ(Miles Sacha)は、「井野デザイナーは皮肉的なスローガンを巧みに表現する才能がある」と評し、ショー会場周辺に集まるセレブリティーのファンを例に、時代の空気をコレクションに投影させたことを説明した。「レザーパンツとミリタリー風のハンサムなオーバーコートでショーが幕を開け、鋭い観察眼を持つ人々はそれが日本の男性応援団が着ているようなものだと見抜いた」と、長ランの応援団長ルックは理解されているようだ。

一方で、「ハイプビースト(HYPEBEAST)」のアンドレア・サカル(Andrea Sacal)は、「数ルックは謎に満ちている」と綴り、メタリックなポンポンをあしらったウールコートや、刺しゅう入りのチアリーダーのルックには首を傾げた。とはいえ、「遊び心を基本にしたスリル満点のブランド」と表現し、「今季の最終日をアニメにインスパイアされた楽しさ満載のファッション・フェスティバルで締めくくり、私たちを笑顔にしてくれた」と記した。ディーニーは「井野デザイナーは間違いなく独自の視点を持っている。大きなファッションステートメントではないかもしれないが、日本が今やメンズ・ファッション・ウイークで台頭していることを示す、グラフィカルなコレクションだった」と綴った。

海外メディアの中で最も正確に、細かくリポートしたのが「ヴォーグ・ランウエイ」のアシュリー・オガワ・クラーク(Ashley Ogawa Clarke)である。同氏は日本拠点なだけに、“推し活”を日本視点で理解しているようだ。痛車を例に挙げつつ“痛バッグ”や“痛ジャケット”を正しく説明し、そしてユーモアの陰に隠れがちな上質なカットやスパイバー(SPIBER)との協業による革新的な生地といった、ものづくりの側面についても触れている。「18年に日本人デザイナーとして初めて『LVMHプライズ』グランプリを獲得したことから、“ファッション界最高のお笑いタレント”の地位を得た現在に至るまで、彼のサポーターチームとその歩みを支えてくれた人々への、デザイナーからの感謝の気持ちを表したものだった。バックステージでは、業界全体から集まった熱狂的な『ダブレット』のファンがデザイナーを祝福するために集まったほか、彼のショーを初めて見た数人もお祝いした。『ダブレット』のファン層の拡大は急速に続いている」と締めくくった。洋服を通して笑いを届ける井野デザイナーの進化は、まだまだ続きそうだ。

「ターク」
「全く予想外の要素を結びつけた」

辛口なディーニーが絶賛していたのが森川拓野デザイナーの「ターク(TAAKK)」である。記事は「西洋のテーラリングと日本の威厳、そしてレースやギピュールなど、全く予想外の要素を結びつけた素晴らしいコレクション」という言葉から始まり、多彩な生地と緻密な装飾について賞賛した。続けて今季全体を振り返り、日本デザイナーの影響力について力説する。「『19世紀後半、日本は西洋の影響を強く受けて近代化に向かい、西洋の文化やライフスタイル、価値観を日常生活に取り入れました』と森川デザイナーは主張する。今日のヨーロッパの日本に対する評価は、中国との競争関係に比べてどれほど違うのか。そして、国際的にファッションに与える影響はどれほど違うのか。パリメンズがこれほどまでに異質だったことはめったにないが、最大の影響力を持つのは今や日本人デザイナーたちだ。山本耀司デザイナーや川久保玲デザイナー、渡辺淳弥デザイナー、そして新世代の阿部千登勢デザイナー、高橋盾デザイナー、そして何よりも森川デザイナー」と記した。

今回は紹介しきれなかった「キディル(KIDILL)」「M A S U」「ベッドフォード(BED J.W. FORD)」「サルバム(SULVAM)」といった中堅ブランドも、パリメンズの公式スケジュールに名を連ね、世界を相手に堂々と戦っている。ショーの合間に、前シーズンの「楽天 ファッション ウィーク東京(Rakuten Fashion Week TOKYO)」に参加したベテランジャーナリストのユージーン・ラブキン(Eugene Rabkin)に遭遇し、東コレの感想について聞くと「日本のデザイナーのレベルの高さに感動した」と話してくれた。パリメンズでの日本ブランドの躍進もあり、海外の業界関係者も間違いなく日本人デザイナーに注目している。今回紹介したデザイナーらを好例に、ひたむきにものづくりに取り組むブランドは、発表地がどこであれ、必ず実を結ぶ日が来るはずだ。感性を磨き、視野を広げ、チームと共に切磋琢磨し、デザイナーとして前進できるようエールを送りたい。

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