環境影響が大きく日本でも注目を集めるPFAS(ピーファス、有機フッ素化合物)。現在多くのブランドがPFASフリーに向けて取り組んではいるが達成した企業は少ない。そこで注目したいのが、米ポートランド発のアウトドア・フットウエア「キーン(KEEN)」だ。同社は2018年にPFASフリーを達成、21年からは他社がより短時間で達成できるよう、同社が約1万時間、4年を要したPFASフリーへのプロセスを「グリーンペーパー(GREEN PAPER)」としてオープンソース化した。なぜ「キーン」は早々に達成できたのか。キルステン・ブラックバーン(Kirsten Blackburn)=「キーン エフェクト」ディレクターとローレン・フッド(Lauren Hood)=同シニア・サステナビリティ・マネジャーに聞く。
PROFILE: (左)キルステン・ブラックバーン/「キーン エフェクト」ディレクター (右)ローレン・フッド/「キーン エフェクト」シニア・サステナビリティ・マネジャー
サプライヤーへは化学物質制限の依頼だけでなく代替物質を提案
「キーン」がPFASフリーに取り組み始めたのは2014年のこと。きっかけはフットウエアの専門家にフットウエア製造における懸念点を聞いたことだった。「夜も眠れなくなるような問題はPFASだと指摘された。さまざまなものに使われているのにコントロールが非常に難しいうえ、その広がりを十分に把握できない。さらにどのような悪影響を及ぼすかがわからない点を指摘された」とキルステン・ブラックバーン=エフェクトディレクターは語る。PFAS(パーフルオロアルキル、ポリフルオロアルキル物質)はパーフルオロケミカル(PFCs)とも呼ばれ、約4700種類のフッ素化合物を含む人工化学物質群で、アウトドア用品やフットウエアの撥水・防汚加工に使われている。その残留性の高さから「フォーエバーケミカル(永遠の化学物質)」とも呼ばれる。分解されにくく環境に残留し、食物連鎖にも入り込んでいるやっかいな物質だ。「社内で議論を進め、PFASへの理解を深めると製品に使用すべきではないことが明らかになり、”解毒の旅“を始めることになった。『キーン』の信条のひとつに“Do the right thing(正しいことをする)”がある」とローレン・フッド=シニア・サステナビリティ・マネジャーは語る。
しかし、複雑なサプライチェーンでサプライヤーの協力を得てPFASの使用を把握して除去し、代替薬品を見つけて同等の機能性を担保するのは容易ではない。「生地、部品、トリムなど各サプライヤーと緊密に連携し、当社が求める基準を理解してもらうことが重要だった。それは現在も続いていて終わることのない大変な仕事。PFASフリーは当社が達成した素晴らしい成果のように見えるかもしれないが継続中であり、本当に安堵できることではない」とフッド・マネジャーは言う。
初期に取ったいくつかのステップがその後の進展につながった。「特にフットウエアに特化した制限物質リストと化学物質管理方針を迅速に作成し、全てのサプライヤーに説明した。この基準を遵守することを約束してもらうことが、その後の作業を少し容易にしたファーストステップだった」とフッド・マネジャーは振り返る。しかし、PFAS以外の物質で撥水・防汚加工するのは簡単ではないし、代替加工はどのように実現したのか。「当社が靴に適用するPFASフリーの防水加工を実現できる化学物質をリサーチしてサプライヤーに提示した。代替加工は安全性、効果、手頃な価格という3つの要素を満たすことを追求した。幸いにもPFASフリーの撥水材を製造しているサプライヤーがいたので、その撥水材のテストを当社で行い採用した」とフッド・マネジャー。特に大変だったのは「素材によって異なる耐久性や撥水性の反応を示すことから、素材と化学物質の適応性について理解する必要があったこと。幸いサプライヤーの一社に化学者がいてその研究で明らかになった」とフッド・マネジャー。「キーン」の撥水・防汚加工の多くはアッパー生地に塗布した耐水撥水加工(DWR)と内側の独自開発した防水透湿機能を備えたメンブレン“キーン・ドライ(KEEN.DRY)”、2つの技術によって実現している。いずれも最適な代替薬品を見つけることができた。
オーバースペックを求め過ぎていないか
そもそもPFASフリーに向けてどの製品に使われているかを確認する過程で、撥水・防汚加工が必要なのかを見直したという。「素材や部品への撥水・防汚加工について最初に私たちが使用状況を見直したところ、65%が不要であることが分かった。これらは防水加工が施されているものの、必要のない機能だった。例えば、水辺で履く/水に入ることを想定したサンダルなどだ。足は濡れるが、サンダルの素材に防水加工は必要なく濡れてもすぐに乾く素材であればよいからだ」とローレン・マネジャーは話す。
また、製品のPFASを除去したとしても製品テストをしたときにPFASが検出されたとも明かす。「なぜ検出されたのかを突き止めるために多くの調査とテストを行う必要があった。「PFASはDWRとして使用されるほかに、オイルやグリースなどをはじく目的でも使用されていることが分かった。パームオイルのように機械に吹きかけることもあり、非常に広範囲に使用されており、さまざまな部品にPFASが付着していたことが確認された」とブラックバーン・ディレクターは振り返る。「PFASを意図的に使わないことは可能でも100%混入していないと言い切るのは非常に難しい。当社の製品も製品に使用していなくてもPFASの化学物質テストはごくごく微量に検出されることがある。包装材にリサイクル素材を使用した場合、PFASが含まれている可能性があることも分かった。意図的な使用とそうでない使用に大きな違いがあり、当社は意図的には使用していない。けれど、そういった意味で当社は95%+PFASフリーと表現していた。こうした問題点を解明し、改善することができたため、24年現在は100%PFASフリーと表記している」とフッド・マネジャーはいう。さらに「PFASの混入が発生する可能性があるため、定期的に調査やテストを続けていく」と加える。PFASの完全除去に向けて終わりのない試行錯誤が続いている。