ここまで、ストリートスナップやブランド、トレンドをけん引する人たちへの取材を通してレトロ消費の諸相を見てきた。しかし、そもそも若者たちはなぜ「レトロ」なモノに魅力を感じ、それを消費したいと感じるか?その心理的、社会的メカニズムを、消費者行動論やマーケティングを専門に研究する水師裕先生に解説してもらった。(この記事は「WWDJAPAN」2024年10月21日号からの抜粋です)
水師裕/国士舘大学 経営学部 准教授
KEYWORD
①ノスタルジア
過去に対するほろ苦さ、甘さ、喪失感、幸福感、後悔などの複雑な思いが入り交じった感情。ノスタルジアを感じるには、自己と他者とのつながりに関する記憶が想起されたり、歴史的な連続性を感じられるかが鍵。若者たちは「エモい」という言葉でも表現する。
②デオドラント化
「嫌なものは、そもそも存在してほしくない」「不快なものは消したい」という心理的傾向の強い社会を、歴史学者の與那覇潤は「社会のデオドラント化」と表現した。
③リキッド消費
モノを所有しない新しい形の消費。「短命的」「アクセスべース」「脱物質的」と定義される。
④ジグムンド・バウマン
ポーランド出身の社会学者。物事や人間関係が不確実で不安定になった現代社会をリキッド・モダニティ(液状化した近代)と定義した。
⑤新自由主義
国家による福祉や公共サービスの縮小と、規制緩和、市場原理主義の重視を特徴とする思想。
⑥失われた30年
1990年代はじめのバブル崩壊後に日本経済が陥っている長期の不景気状態。賃金も物価も上がらないデフレ状態が続いたことが大きな原因として挙げられる。
⑦レトロトピア
「レトロ」と「ユートピア」を組み合わせたバウマンの造語。社会が行き詰まり、人々は理想化された過去の世界に憧憬を抱くようになると論じた。
QUESTION 1
レトロ消費のメカニズムとは?
A. レトロ消費の動機は①ノスタルジアという心理機制から説明できるでしょう。認知心理学では、人の記憶を、自分の直接的な経験に基づくエピソード記憶と、物事の意味に関する知識や情報の記憶である意味記憶に分類します。そしてエピソード記憶にひもづくノスタルジアを個人的ノスタルジア、意味記憶にひもづくノスタルジアを歴史的ノスタルジアと呼びます。ただし、何かをノスタルジックに感じるには、自分と対象との間に歴史的な連続性、つまり地続きの感覚があることが鍵になります。平成レトロやY2Kは、Z世代が幼少期のエピソード記憶に基づく個人的ノスタルジアと、親世代との交流やネット上のアーカイブから得た意味記憶に基づく歴史的ノスタルジアの両方が作用しています。ただし、私たちは、ただ古いだけのものに魅力は感じません。何かを「かっこいい」「魅力的」と感じるには古さに入り交じった新奇性(新しさ)が必要となります。若者たちがK-ポップの影響でY2Kファッションを取り入れるのはその好例で、最新のセンスを備えたスタイリストたちが2000年代の雰囲気を取り入れて作るスタイリングは、古さと新しさが絶妙にミックスされているからこそ魅力的に見えるのでしょう。
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