11月16日に茨城県つくば市の福祉機器展で、ファッションディレクターの山口壮大がプロデュースした映像作品「ファッション・フォームズ(Fashion Forms.)」が上映された。障がいを持つ当事者と、「ポトスノー(POTTO SNOW)」「ヒダカ(HIDAKA)」「エタブルオブメニーオーダーズ(Eatable of Many Orders)」「ハイドサイン(HIDESIGN)」、山口ディレクターの5組のデザイナーが、当事者のための「1着の服」を作り、その過程を記録したドキュメンタリー作品になる。昨年に引き続き2回目となる本プロジェクトは、前回同様、山口ディレクターと障がい者の子どもを持つ五十嵐純子さんの2人が共同でプロデュースした。車椅子のファッションジャーナリスト徳永啓太が取材した。
錦織陽茉里(ひまり)×山本哲也「ポト」デザイナー&スタイリスト山本マナ
岡山を拠点に自らデザインし、縫製し売る「ポト(POTTO)」の山本哲也デザイナーは、体が弱く1人で歩くのが困難な錦織陽茉里(ひまり以下、ひまりちゃん)のためにスタイリスト山本モナとのコラボレーションプロジェクト「ポトスノー」で展開しているツナギを提案。ひまりちゃんは家で両足とお尻を上手く使いながら移動するためデニム生地でも破けてしまうほど。女の子らしい服装はしたことのないひまりちゃんに着心地と摩擦の耐久性を優先し、東レの高級人工皮革「ウルトラスエード」を採用。シワになりづらく家庭で洗えるという実用性も兼ね備えている。その日の気分でひまりちゃんが自分の意思で選べるように5色、5パターンのフリルやギャザーのついたツナギにより、着心地と耐久性を両立しながらも外でも自信を持って着られる一張羅が完成した。
山田琉斗(りゅうと)×日高俊「ヒダカ」デザイナー
「既知への発見」をコンセプトにアクセサリーやバックを中心にものづくりをする「ヒダカ(HIDAKA)」の日高俊デザイナーは、外出する際に吸入器や着替えなど荷物が多くなってしまう山田琉斗(りゅうと)さんの車椅子に掛けられるバックを提案。毎日琉斗さんの介助をしている母・佳子さんは日々必要に応じた大きさのバックなどを購入するものの、吸入器が入るちょうど良いサイズがないことや見た目のばらつきに悩み抱えていた。一つ一つ悩みのポイントを解決するために対話を重ねながらも既存で販売しているものの中からリメイクする形で「ヒダカ」のアイデアを加えて、出かける際に必要なものがぴったり入りつつも全体を黒で統一し見栄えも整えた。
川島映利奈×新居洋子「エタブルオブメニーオーダーズ」デザイナー
熱海を拠点とし「食べられるような素材選び」をコンセプトにした「エタブルオブメニーオーダーズ(Eatable of Many Orders)」の新居洋子デザイナーは、重度障がいを患っていても自立して生活を送れるようサポートする、「つくば自立生活センターほにゃら」の代表である川島映利奈さんが着てみたいワンピースを製作した。既成のワンピースだと車椅子に座った際に丈が上がってしまうため長さを調整する必要があった。そして日常的に解除を必要とするため専属のヘルパーが着させやすくて年齢にあった大人の気品あるものを希望していた。川島さんの好みを伺いつつも肌触りの良い天然の染物を採用し人前でお話しするイベントでも堂々と着られるワンピースが完成し、サポート団体の代表としての身なりを整えることができた。
板垣春希×山口壮大
「ファッション・フォームズ」のプロデューサーでありファッションディレクターの山口壮大氏は、普段から車椅子に乗り、親元を離れ大学の寮で生活を始めた板垣春希さんがファッションに対して奥手になっていることをキャッチし一緒に古着屋に出向き彼に似合うスタイリングを提案した。特別支援学校では服装に気にかけることがなかったため、大学生活が始まるとこれまでにない華やかさに動揺を隠しきれない様子だった。そんな春希さんのファッションへの恐れをほぐしつつも実際に試着してもらいながらスタイリングを考案。発起人の五十嵐さんを含む7名の女性に春希さんの新しいスタイルに対する客観的な印象を答えてもらうことでファッションで自分を表現することを育み、自己肯定感を後押しした。最終的に春希さんはその後、自ら購入する際にウイメンズのパンツを買うこともあるほど、「上級者テク」を使いこなすようになった。
池延一瑳×吉井秀雄「ハイドサイン」代表兼デザイナー
作業服から飲食店の制服など企業向けのユニフォームをデザインしている「ハイドサイン(HIDESIGN)」吉井秀雄・代表兼デザイナーはパタンナー笹田英和氏、縫製チームリーダー小出涼子氏とともに、池延一瑳さんの母・光代さんの希望である寝たっきりの息子に成人式でも着られるハレ着・スーツを製作した。「誰1人として着れない人を作らない」を企業理念としているハイドサイン。気管切開チューブを邪魔しないようにシャツは襟とボディをセパレート、ジャケットは前見頃だけにして左右をセパレートし首元に施したマジックテープでドッキングできるような設計を考案。寝たっきりで肩の可動域が狭くても一生で一度の「ハレの日」に着れるスーツが完成したことでご本人のみならずご家族の顔が晴れやかになった。
約5カ月間、月2〜3回つくばを訪れ、服と映像作品を制作
山口ディレクターは約5カ月間、映像ディレクターとアシスタント、時にはデザイナーも一緒に月2〜3回のペースでつくばを訪れ、作品と服を完成させた。「ファッションに向き合うことは、姿形だけではなく相対する方の環境や人生に眼差しを向けることができる行為。美しさの有り様は多様だからこそ、当事者のために作る1着に深く納得したい気持ちがあった。自然と密なコミュニケーションになり、結果的に当事者やご家族の置かれている環境と向き合うことになった」と山口ファッションディレクター。
2023年から始まった本プロジェクトを私は2年続けて取材をしたが、作品からは前回より当事者とその家庭の環境、福祉の制度などさまざまな事情が垣間見れた。マジョリティが決めた常識が、マイノリティな身体を持った人を社会の隔てていることに、僕らの身近なファッションを通じて気付かされる映像作品になっている。
特に今回は、パーソナルなファッションの問題から当事者が持つ背景や社会との問題にまで触れているように感じた。作中で「エタブルオブメニーオーダーズ」の新居デザイナーが「『薬を服用する』という言葉の中には、『服』という文字が入っている。それには意味がある」と触れていたことが印象深い。服が、「当事者のメンタルヘルスをケアする」ということもファッションの役割と力であり、その後の人生を設計し生活をリ・デザインする力すらあるのだと、改めて考えさせられた。山口ディレクターの「ファッションはツール」であるというスタンスは、山口ディレクターが担当した春希さんの口からも出て、その考え方が伝承されてた。「たかがファッション、されどファッション」だ。ファッションは人生を変える力がある。表層的な問題解決で終わらせず、当事者と社会との問題まで広げられたことが、この作品の真価であり、奥行きの深さだと感じた。