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齊藤工 × 竹林亮 ドキュメンタリー映画「大きな家」から考える「普通の家庭」

PROFILE: 齊藤工/俳優、映画監督(右)、竹林亮/映画監督(左)

PROFILE: (さいとう・たくみ)※俳優名義は斎藤工。モデル活動を経て2001年に俳優デビュー。映像制作にも積極的に携わり、齊藤工名義での初⻑編監督作「blank13」(18)では国内外の映画祭で 8冠を獲得。23年には監督最新作「スイート・マイホーム」が公開された。劇場体験が難しい被災地や途上国の子どもたちに映画を届ける移動映画館「cinema bird」の主宰や全国のミニシアターを俳優主導で支援するプラットフォーム「Mini Theater Park」の立ち上げ、白黒写真家など、活動は多岐にわたる。近年の主な出演作に、映画「シン・ウルトラマン」(22)、映画「碁盤斬り」(24)、Netflix「極悪女王」(24)、TBS日曜劇場「海に眠るダイヤモンド」(24)などがある。 (たけばやし・りょう)CM監督としてキャリアをスタートし、JICAの国際協力映像プロジェクトやさまざまなドキュメンタリー番組を手掛け、同時にMV、リモート演劇、映画等、活動範囲は多岐にわたる。 2021年3月に公開した⻘春リアリティ映画「14歳の栞」は1館からのスタートだったが、SNSで話題となり45都市まで拡大した。 監督・共同脚本を務めた⻑編映画「MONDAYS/このタイムループ、上司に気づかせないと終わらない」(22年公開)は、第32回日本映画批評家大賞にて新人監督賞・編集賞を受賞。同作はシッチェス・カタロニア国際映画祭ニュービジョンズ部門にノミネート、ヴヴェイ・ファニー国際映画祭でグランプリを受賞するなど、国際的な評価を得ている。

俳優としても活動する齊藤工が企画・プロデュースを手掛けたドキュメンタリー映画「大きな家」の全国上映がスタートした。本作は、さまざまな理由で親と離れ、児童養護施設で暮らす子どもたちに焦点を当てた作品だ。監督は、青春リアリティー映画「14歳の栞」(2021年)を手掛けた竹林亮が務める。

本作は、親と離れて暮らす子どもたちが何を想い、何に悩み、そしてどのように大人へと成長していくのかを描く。7歳、11歳、14歳といった年齢ごとに子どもたちの姿を追い、それぞれの個別の物語に焦点を当てながら、その成長の過程を追っていく。また、配信やDVDなどでのパッケージ化は行わず、劇場公開のみで公開する。

齊藤は公開に先立ち、「私はこの作品を作るために、ずっと映画に関わってきたのかもしれません。そんな、自分の理由になるくらいの作品ができました」とコメントする。制作を通じて、齊藤と竹林が何を感じ、何を伝えたいと思ったのか。その想いを聞いた。

時間をかけて撮影

WWD:齊藤さんが児童養護施設と関わるようになったきっかけは何だったのでしょうか?

齊藤工(以下、齊藤):あるイベントで初めて児童養護施設を訪れたのがきっかけです。そのイベントは1日限りのものでしたが、そこで「今度来た時にピアノを弾いてあげる」と言ってくれた子がいました。でも、その当時は再訪する予定がなく、その気持ちが表情に出てしまったんだと思います。それを見逃さなかったその子の眼差しが心に残り、自然と何度も足を運ぶようになりました。施設に通う中で、「ここで暮らす子どもたちのために記録映像を作れば喜んでもらえるかもしれない」と考え始めました。その頃、竹林監督のドキュメンタリー映画「14歳の栞」を観て、劇場限定で公開するという上映スタイルなら、子どもたちを守りながら映画にすることができるのではと思い、竹林監督にオファーをしました。そこから劇場公開に向けた話を進めていきました。

WWD:竹林監督は、最初にオファーを受けた時、どう思われましたか?

竹林亮(以下、竹林):ドキュメンタリー映画を作るには相当な体力と覚悟が必要です。ただ、齊藤さんとは以前にJICAの海外協力隊に密着した「いつか世界を変える力になる」という番組で約3年間一緒に仕事をしていて、その中で仕事への姿勢や映画に対する深い愛情を持っていて、とても尊敬していました。ですので、これもご縁だと思い、まずは児童養護施設を訪れてみることから始めることにしました。

当時、児童養護施設や「社会的養護」については詳しく知りませんでしたが、現場に足を運ぶと、職員の皆さんが子どもたちの人生と真摯に向き合う姿勢に心を打たれました。また、施設で暮らす子どもたちは葛藤を抱えながらも、人懐っこくてとても魅力的でした。そんな彼らに触れるうちに、「この場所を撮影したい」という気持ちが芽生えました。本作は、じっくりと時間をかける必要がある作品だと感じたため、覚悟を持ってゆっくり撮影を進めることにしました。

WWD:撮影を始める前に、カメラを持たず子どもたちと交流することから始めたそうですね。

竹林:しっかりと関係性を築かないと、撮られる側の子どもたちや職員の方たちにとっても、負荷が高いと思いました。そこで、最初の1年ほどは齊藤さんやプロデューサーの方々と共に、1〜2カ月に1回の頻度で施設を訪れ、挨拶をしたり、ハロウィンのお菓子を配ったりと、まずは顔を覚えてもらう活動をしました。その後、月に2〜3日程度の撮影から始め、徐々に撮影の日数を増やしていきました。子どもたちの信頼を得ることを第一に考えた結果、このようなスタートになりました。

子どもたちへの手紙のような映画

WWD:児童養護施設の子どもたちを撮影するにあたって、プライバシーの保護が非常に重要なポイントだったと思います。スタッフの間で、撮影に関して「こういうことは避けよう」といったルールを設けたのでしょうか?

齊藤:竹林監督の作品に被写体として参加した経験がある僕にとって、まず大前提として監督への全幅の信頼がありました。ただ、子どもたちをどう守るべきかについては慎重に考えました。

目線を隠したりモザイクをかけたりする方法はプライバシーの保護にはなりますが、それを見た本人がどう感じるか、という問題もあります。中には「自分の存在を認識してほしい」と感じる子どももいます。彼らは隠されるべき存在ではなく、限られた劇場公開という形であれば、むしろその存在が証明されるのではないかと思いました。

また、撮影において監督と具体的なルールを言葉で決めたわけではありませんが、「聞かれたくないことは聞かない」というスタンスは共有していました。もしかしたら壮絶な過去を子どもたちが涙ながらに語るような作品をイメージされる方もいるかもしれませんが、この映画はそういう内容ではありません。無理にドラマ性を作り出すようなことは一切しない、監督も現場で自然とそれを徹底してくださいました。

竹林:まずは出演してくれた子どもたちに「この作品に出て良かった」と思ってもらうことを何より大切にしました。作品完成前には本人や施設の職員の方々に観てもらい、感想を聞いて気になる点を修正する、といったプロセスを繰り返しました。

通常のテレビ番組制作では、こうした工程を取るのは難しいのですが、この作品に関してはそうした時間をかけることが必要でした。その結果、出演者たちも作品を気に入ってくれて、愛着を持ってくれています。この作り方を選んで本当に良かったと思っています。

WWD:ドキュメンタリー映画であっても、編集には監督の意図が反映されると思います。編集する上で特に意識したことは何でしょうか?

竹林:映像を編集する以上、何かしら作り手の意思が反映されるのは避けられません。だからこそ、どのような意思を持つかが非常に重要です。今回は、どんな形であれ、本人たちにとってとにかくいい影響が訪れるように願いながら撮る、編集することを心掛けました。

商業的なことはあまり考えず、「この場面をぜひ10年後に振り返ってみてほしい」「あなたのこういう面が本当にすてきだよ」など、出演してくれた子どもたちへの手紙のような気持ちで作りました。その純度を高く保つことだけを意識しました。

WWD:劇場でのみ公開するという形もいいですね。

齊藤:監督もおっしゃった通り、このプロジェクトは商業的な目的で立ち上げられたものではありません。竹林監督の「14歳の栞」のスタイルが参考になりましたが、こうした映画が存在することで、映画制作の新たな選択肢や劇場の意義、未来の映画館のあり方を示すものになるのではと考えました。

全国公開が始まり、これからが本当のスタートだと思っています。少しずつでも純度の高い形で上映を長く続け、作品を手渡しで届けていけたらと思っています。

まずは知ってもらうことが大事

WWD:本作を観た人に「こんなアクションを起こしてほしい」など、そういった思いはありますか?

齊藤:意図していたわけではないのですが、試写を観た方々から「自分の地元や住んでいるエリアに児童養護施設があるのは知っていたけれど、関わる方法を考えたり調べたりしたことがなかった。本作を観て、何かできることはないか調べてみた」といった声をいただきました。また、アーティストの方々からは「施設で演奏をしてみたい」というお話もありました。このように、作品をきっかけに児童養護施設との関わり方を考えたり、行動を起こそうとする声が多く届いていて、この映画の持つ強さを改めて感じています。僕自身も、偶然施設の存在を知ったことがきっかけで関わるようになりましたが、まずは知ることでこうした行動につながるのだなと実感しています。

WWD:竹林監督はいかがですか?

竹林:映画に登場する子どもたちと「友達になった」ような気持ちになってもらえたらうれしいですね。その上で、児童養護施設についてもっと調べてみたり、観た人同士で感想を語り合ったりと、より興味を持つきっかけになればいいなと思います。

加えて、親の立場であれば「親として子どもにどう向き合うべきか」や「自分は他者に対して何ができるのか」など、それぞれの立場で、人と人の関係性や「人に何ができるのか」について思いを巡らせてもらえたら、すごくいいなと思います。

WWD:私自身、児童養護施設の実情を全く知らなかったので、映画を通じて子どもたちの様子を知ることができたのは、とてもいいきっかけになりました。

竹林:全国には約600の児童養護施設があります。それぞれの施設ごとに状況や背景は異なるので、本作が児童養護施設全体を代弁するような発信の仕方にならないようには十分注意しなければならないと考えています。ただ、それでも全国にある600施設のうちの1つのリアルを知ることができるのは間違いありません。この作品がそのきっかけになればうれしいです。

「家族」について

WWD:作品の中で、施設で一緒に暮らす人との関係性について、「家族ではない」と答える子どもたちが多かったのが印象的でした。とても客観的に自分たちの状況を見ているように感じました。

竹林:客観的というよりは、「家族」という言葉自体の解釈に苦労しているのかなと感じました。「なぜ自分はここにいるんだろう」と思う時もあれば、逆に「ここにいることが自分にとって自然だ」と感じる時もある。そういった気持ちが日々揺れ動いていて、何を言葉として選べばいいのか分からない状態なのかもしれません。言葉の落としどころが見つからないまま、それぞれが変化し続けているように見えました。

ただ、長い時間を一緒に過ごすことで、実感として深いつながりを感じる瞬間もあるのだと思います。施設を卒業した男の子が「(施設で一緒に暮らした人は)家族だ」と答えたのは、そういったつながりを時間の中で育んだからではないかと感じています。

WWD:一般的には戸籍上の「家族」という概念があります。そのため、施設の子どもたちが「家族ではない」と答えたのも、そうした背景が影響しているのかもしれません。私自身は両親がいる家庭で育ちましたが、この作品についてコメントしようとする際に、「意図せず傷つけてしまうのでは?」と、どこか躊躇してしまう部分があります。

齊藤:施設で育っていない17、18歳の子どもでも、家族との関係に悩んでいる人は多いと思います。そのため、どんな「家族」なのかというよりも、むしろ個人差の方が大きいのではないかと感じます。施設を卒業した男の子などを見ていると、施設での生活が長ければ長いほど、口ではドライな表現をしていても、一緒に過ごした時間や共有した経験は揺るぎないもので、それが血のつながりを超えた特別な関係を生むこともあるように見えました。

ただ、施設の子どもたちや職員の方々も、いわゆる「普通の家庭」と比較することで、自分たちに対して何か構えてしまう部分があるように思います。例えば、学校のクラスメイトと比較して、行動にブレーキをかけてしまうことも少なくありません。そういった点を考えると、この作品で一番に考えるべきなのは、その「普通の家庭」というイメージのありようなのかなという気がするんです。

施設では、親ではないけれど、親のように深い言葉をかけてくれる職員の方々がいます。そうした環境をうらやましいと感じる人もきっといるのではないでしょうか。「普通の家庭」という概念の境界線がどこにあるのか分からないからこそ、この作品を通じて、その境界線を行き来するような体験をしてもらえるのではないかと思います。

竹林:本作では、「家族」や「親子」といった言葉ではくくられない、もっと広い意味での人と人のつながりに焦点を当てています。だからこそ、多くの人に「これは自分たちの話なんだ」と感じてもらえるのではないかと思います。

もし、「自分にはこういった環境に踏み込む資格がないのでは」と気を使いすぎてしまう人がいるなら、その壁を取っ払ってほしいですね。この作品がそういった壁をなくし、より深いつながりを考えるきっかけになればいいなと思います。

制作を通して知った新たな問題

WWD:実際に作品を通して、長期間にわたり児童養護施設で暮らす子どもたちと関わって、どのように感じましたか?

齊藤:作品に出演してくれた子どもたちのうち、何人かが撮影後に進路や将来について、竹林監督や僕に相談してくれることがありました。彼らが僕たちのことを仲間だと思ってくれているのは本当にうれしいですし、今回の撮影を通じて、彼らの未来への選択肢が広がったり、将来のことをより具体的に描けるきっかけになったのであれば、それは大きな希望だと感じています。

竹林:最初は、子どもたちとの距離感に気を使って、「これ以上踏み込むのは失礼かな」と思う場面もありましたが、関わっていくうちに、「損得勘定を抜きにして、その人のためにできることをやる」というスタンスでいいんだと思えるようになりました。ある意味では「おせっかいおじさん」みたいな存在になってもいいのかなと(笑)。もちろん、うざがられる場合もあるでしょうが、そうなったらやめればいいだけなので。

WWD:今後、取材した施設とはどのように関わっていく予定ですか?

齊藤:今でも施設とはつながりが続いていて、引き続き応援していきたいと思っています。また、子どもたちにとっても、この撮影が良い思い出だったと感じてもらえるよう、それを守っていきたいとも考えています。

一方で、施設が特定されないよう配慮することも大事だと感じています。実際、当初はさまざまな施設での上映を考えていたのですが、取材した施設が比較的環境が整っているという感想を他の施設関係者からいただいたこともあり、そうした意見にもしっかりと配慮しなければと思いました。

また、取材を始める前は、児童養護施設が「最後の砦」のような存在だと考えていたのですが、実際にはさまざまな事情で施設にすら入れない子どもたちがいるという現実を知りました。そうした子どもたちの行き場についても考えさせられましたし、さらに施設を卒業した後には本当に大変な試練が待っているということも知り、今作では描けていない卒業後の現実にも目を向ける必要があると感じました。その2つについて、個人としてできることを模索していきたいと思っています。

竹林:齊藤さんのおっしゃる通り、広い視野を持ちながら今後も施設との関わりを深めていきたいと思っています。また、一緒に映画を作った出演者の子どもたちとは、これからも末永く関係を続けていきたいですね。彼らが「この映画に出て良かった」とずっと思えるような関係でありたいと思っています。

PHOTOS:TAMEKI OSHIRO

「大きな家」

日本には、社会的養護が必要とされる子どもが約4万2000人おり、その約半数は児童養護施設で暮らしている。児童養護施設で暮らす子どもたちは、基本的に18歳になり、自立の準備ができた者から施設を退所し、そこからは自分の力で暮らしていかなければならない。本作は、そんな児童養護施設で育つ子どもたちの成長を追った長編映画。

■「大きな家」
12月20日から全国公開
監督・編集:竹林亮
企画・プロデュース:齊藤工
プロデューサー:山本妙 福田文香 永井千晴 竹林亮
音楽:大木嵩雄
撮影:幸前達之
録音:大高真吾
音響効果:西川良
編集:小林譲 佐川正弘 毛利陽平
カラリスト:平田藍
制作統括:福田文香
題字:大原大次郎
主題歌:ハンバート ハンバート「トンネル」
配給:PARCO
企画・製作:CHOCOLATE Inc.
©CHOCOLATE
https://bighome-cinema.com

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