世間では“水商売”呼ばわりされることもあり、人前では隠したくなるような経歴かもしれない。なのにそれを堂々と言ってのけるのは、バーンデストローズジャパンリミテッドの「スウィングル(SWINGLE)」でプレスを務める室薫さん(28)だ。
20代前半に六本木でキャバクラ、銀座でホステス業を経験したのち、アパレルプレスに転身。銀ホス時代には、企業社長など錚々たる上顧客と接する中で「人に信頼されること」「結果を出すこと」の大切さを学んだ。それは、アパレル業界で働く今も生きているという。
WWD:まず、経歴について教えてほしい。
室:美容の専門学校を卒業後にエステティシャンとして、その後は外資系ブランドの美容部員として働きました。バーンデストローズへの入社は2020年5月。小田急百貨店に店舗(現在はクローズ)がオープンするタイミングで、オープニングメンバーとして採用募集に応募しました。販売をしていたのは1年と少し。21年8月にプレスに異動になりました。
WWD:夜の仕事をしていたのは?
室:エステティシャン時代にお給料が少なかったので、職場にはヒミツにして六本木のキャバクラで働いていたんです。美容部員になってからも密かに続けていました。もう時効だと思って言いますが。あ、今は誓ってやっていないですよ(笑)。
大のお酒好きで、キャバクラでは遊び感覚で働いていたので、つい飲みすぎてしまっていました。次の日は二日酔いや、寝ないで出勤することもザラ。そのうち結果が出るにつれて、キャバクラの方がだんだん楽しくなってきてしまって。あと美容部員をやっているうちに、働いているブランドのことは好きだけど、メイク自体はそんなに好きじゃないかも?と気がつきました。周りからすると、何を今更って感じだったでしょうね。
入ったばかりの頃は、お客さまからわざわざお礼のメールをいただくほどの優良スタッフだったんですよ。辞めることを決めたときには、いただくのはクレームばかりになっていましたが。飽き性ということもあって、だんだんモチベーションが下がってしまって、キャバクラ一本で行こうと決めたんです。
WWD:ホステスになったきっかけは?
室:キャバクラのお客さまが、銀座でもよく遊んでらっしゃった方で。その方が「ホステスに向いているんじゃない?」と斡旋してくださったんです。それに、お客さまからの紹介の方が待遇もよかった。いいきっかけをいただけたと感じて、3つほどお店を回って決めました。
WWD:どんな店だった?
室:銀座のクラブ街では、いわゆる“老舗”の高級店でした。地下1階にあって、完全紹介制。実はクラブってワインやシャンパンボトルを派手に頼まなければ、時間制のキャバクラとかよりも全然リーズナブルなんですけどね。ただワインやシャンパンボトルは少なくとも1本10万円しますし、平均客単価は20〜30万円くらい。派手な遊び方をする、いわゆる“成金”のような方はいない、落ち着いた店でした。
若さとノリではついていけない世界
WWD:室さんのウリはなんだった?
室:若さとノリ(笑)。当時の私は22歳。銀座という立地もあって周りはだいぶお姉さんだったので、「同伴いつでも行けます!」「アフターも行けます!」ととにかくアピールしていました。クラブは土日休みだったんですが、オフの日もよくお客さまのご飯にお付き合いしていましたね。回らないお寿司屋さんで、100万円くらい使う方もいました。何かの部品の会社を経営されている方だったと思います。
WWD:辞めたきっかけは?
室:さっきと真逆なことを言うんですけれど、ノリと若さだけで生きていけるほど、甘い世界ではなかったからですね。私の成績は、よかったときでも真ん中くらい。夜のお仕事でも、私のように夕方まで寝ているって人は、「結果を出している人ほど」いませんでした。大体みんな朝早く起きて、お客さまにラインであいさつをして、優雅にペットの散歩をしている。そういう中身の部分って、きっと見抜かれていたと思うんですよ。お店に来られる方は経営者も多いので、お客さまと同じ目線でできるよう、勉強も欠かさない。キラキラしているけれど、陰ですごく努力している人が多かったです。
それから、細やかな配慮も私には欠けていました。銀座のクラブは接待での来店も多くて、そういう方々は大事な「仕事の場」として利用されています。だから私たちも楽しんでいただくだけでなく、場をうまく回す潤滑油にもならなきゃいけない。私のように、飲みすぎてお客さまのテーブルで粗相して、スタッフからブチギレられるなんてもってのほかでした。
WWD:今の室さんからは、ちょっと想像がつきませんね。
室:あはは(笑)。努力や気遣いのできるホステスさんたちが認められ、他の方へ紹介され、数珠繋ぎのようにお客さまが増えていく。そうやってのし上がっていく世界です。私にはプライベートで遊んでいただけるお客さまが一定数ついても、接待では使われなかったのは、多分そういうことだったんだと思います。それでだんだん自信を失って、気分も落ちていって、ある日同伴の食事でご飯の味がしなくなってしまいました。きっと、限界だったんですね。その時はちょうどコロナが流行り始めて営業が制限され、銀座の夜の街にも光が灯らなくなっていた時期。先が見えない中で、夜の仕事から足を洗う決意をしました。
WWD:なぜアパレルに?
室:専門学校時代に有楽町マルイでアパレルのアルバイトをしていて、本当に楽しかったんです。服を売りたいという思いがまた芽生えていました。アルバイト時代の有楽町マルイの同じ階に「スウィングル」があったのを思い出して。次に働くならお姉さん向けブランドだと思っていましたし、ちょうど小田急新宿店の新店スタッフの採用をしていたので、思い切って応募しました。
ただやっぱり面接の時に突っ込まれたのが、夜の仕事をやっていた「空白期間」。これはもう隠しても仕方ないと思って、水商売をしていたことを正直に明かしました。ダメかと思いましたが、受かってびっくり。後から聞いた話では、上層部が「私を採用するか」という話になった時、「嘘をつかない素直さがいい」ということになったようです(笑)。
「絶対に社内ナンバーワンブランドにしたい」
WWD:銀ホスの経験は生きた?
室:やたらと“結果”にこだわるところでしょうか。小田急新宿店はそんなに客足が多い店ではなかったですが、それでもなんとか数字につなげようと、もがいていました。銀座のホステスは売り上げが全てで、性格や人柄は関係ない世界。月末に成績表が張り出されて、結果次第では「がんばったね」と褒められるし、表の下にいる人は、まるで人権がないみたいな扱い。結果を出さないと、お店にいられなくなるし、うかうかしていると、私よりも新しい子がどんどん入ってきます。
それは、私がホステス業に参ってしまった原因でもあるんですが、ただアパレルでも似た面があると思っていて。「弱肉強食」の世界にいることは、常に自覚しています。プレスに移ってからも、このポジションを目指している子は多いと思うから、安泰とは思っていない。だからやっぱり、“結果”には固執してしまうんです。
WWD :プレスは、数字としての成果が見えづらいポジションにも思える。
室:プレスの仕事の一つがビジュアルの撮影ですが、クオリティーにこだわると、ECの売り上げが急に伸びることもあります。話題性のあるコラボ企画を仕掛けるのも、私ができること。展示会に来てくださった芸能人やモデルの方に「今度コラボしませんか」と声をかけてみたり、いきなりDMしてみたりします。周りはびっくりしていますけどね。アパレルも自分の存在価値がないと埋もれちゃう世界。だから、「誰もやったことがないこと」をするよう心掛けています。
WWD:目標は?
室:「スウィングル」はスタート当初はエビちゃん(蛯原友里)がプロデュースしていて、赤文字雑誌の全盛期までバーンデストローズの基幹ブランドでした。ただ、残念ながら今は当時ほどの勢いはなくなってしまいました。大好きなブランドなのに、このポジションにいるのはすごく悔しい。「絶対に私が社内で売り上げ1位にしてやる」って心の中で思いながら、毎日仕事をしています。
沖圭祐「スウィングル」事業部長の話
2020年に新規出店した小田急新宿店は、正直いって“成功”と言える店ではなかった。ただ客足がなかなか伸びない中でも、一際背筋を伸ばしてがんばっていたのが、入社したばかりの室さんだった。半年後にはブランド一番店の有楽町マルイ店に抜擢した。
店長にもなったら、売り上げに意識が向いて当然とは思う。ただそうではないのに、やけに売り上げにうるさい子がいた。それも室さんだった。「私こんなに売りました」「昨日は10万円、20万円買ってくれる人がいたんです」。そんなふうに、毎日のようにしつこいくらいに報告してくる。それも結果にこだわる彼女の一面をよく表していた。
前任のプレスが辞めたタイミングで、「骨のあるやつがいる」と社長に直談判し、室さんに白羽の矢を立てた。大物の芸能人にコラボ話を持ちかけたり、いきなりDMしたりと、皆が物怖じするようなことも彼女はやってのけてしまう。だが現に、そうやって実現してきた企画もブランドの目玉になって、ECの数字は伸び続けている。結果へのこだわりだけでなく、「常に新しいチャレンジを起こす」ことをプレスの立場でやり続けているのが、彼女のすごいところだ。