ファッション

マルニ木工の椅子「HIROSHIMA」はなぜアップル社を魅了したのか? そのストーリーをひも解く著書と企画展示

INDEX
  • ジョナサン・アイブが自ら見出した 「HIROSHIMA」がアップルの定番に
  • HIROSHIMAという響きが 笑顔を生み出すポジティブな意味に変換
  • 「HIROSHIMA」のものづくり そして奇跡を体感する企画展も開催

プロダクトデザイナー深澤直人がデザインし、広島県の企業マル二木工が製作した「HIROSHIMA」は奇跡の椅子と言われている。2017年に完成し、約1万2000人の社員が働く広大なアップル本社「アップル パーク(Apple Park)」にもこの椅子は選ばれ、カフェテリアで、オフィスで愛されている。その数、なんと数千脚。木材を確保し、1年がかりで月に数百脚ずつ納品したという。23年5月に開催されたG7広島サミットの首脳会議用として採用され、バイデン米大統領(当時)をはじめとする各国の首脳がこのアームチェアに座り円卓を囲んだ。広島県の木工会社の椅子が、世界の定番として認められた証だ。

もう一つは「HIROSHIMA」が1928年創業の老舗家具メーカー、マル二木工を倒産から救った「奇跡の椅子」であるということ。曲木椅子からスタートした家具製作は戦火を乗り越え、重厚な応接家具「ベルサイユ」などのヒット商品を生み出しつつも、バブルのあおりを受け低落。廃業の危機に直面する。その試行錯誤から、復活、飛躍までの道のりをつづったのが「奇跡の椅子――AppleがHIROSHIMAに出会った日」(文藝春秋社)だ。中田英寿や野茂英雄、五郎丸歩といった世界を舞台に切り開いてきたトップアスリートや、歌舞伎役者・中村勘三郎らのドキュメンタリーを数多く手掛けてきたノンフィクション作家、小松成美氏は、2018年の夏に開催されたトークショーで「HIROSHIMA」のストーリーを知る。「『日本の木工会社がアップル パークに数千脚の椅子を?ありえない!なんで?』という小学生のような好奇心でした」と当時を振り返る。マル二木工の人に会いたい、話してみたいという思いが偶然を引き寄せ、山中洋社長と出会い、この1冊へとつながった。その後、工場で、オフィスで、2019年のミラノサローネで、そして著書の冒頭にあるアップルの本社の現地視察に同行し、この椅子がどのような背景で生まれ、どう展開したかという奇跡を追ってきた。

ジョナサン・アイブが自ら見出した
「HIROSHIMA」がアップルの定番に

スティーブ・ジョブズ(Steve Jobs)が構想したアップルパークは、アップル社の製品のデザインを多く手掛けてきた最高デザイン責任者のジョナサン・アイブ(Jonathan Ives)にその遺志が引き継がれ、具体化された。アイブはプロダクトデザイナーとしての深澤直人に注目し、共鳴していたという。そして見出されたのが「HIROSHIMA」だった。マル二木工はアップル社に対して具体的なアプローチはしてこなかったが、この椅子と共にアイブが英経済雑誌「ファイナンシャル タイムズ(FINANCIAL TIMES)」の表紙を飾っていたことをディラーのアーキテクチュラの担当者より聞く。本格的な建築が始まる前の、試験的な原寸大モデルのオフィスにもこの椅子は採用されていたのだ。その後、大量な発注にも関わらず維持した高い品質と誠実な納品で信頼を得て、数千脚の配置が実現した。「HIROSHIMA」の偉業は小さな奇跡の積み重ねによるものだ。

HIROSHIMAという響きが
笑顔を生み出すポジティブな意味に変換

この物語の最大の奇跡は「HIROSHIMA」というネーミングであろう。「当初、このネーミングを深澤さんから提案されたときは、重すぎる、我々に広島という名を背負えきれるのかと戸惑いました」と山中社長は語る。ローカルがダイレクトに世界とつながれる時代だという深澤氏の言葉に後押しされ、誰もが知っている地名であり、マル二木工の本拠地でもある「HIROSHIMA」がコレクション名となる。「悲劇的なHIROSHIMAという言葉が、今や、アップルの社員の日常と共にあり、笑顔を生みだしている。日本とアメリカの架け橋になったのです」。そして継続は力なり、あきらめずに、がむしゃらに進めば道はひらけることを実感したと山中社長は語る。

「HIROSHIMA」のものづくり
そして奇跡を体感する企画展も開催

曲線が多く、誰もがなでたくなる「HIROSHIMA」の椅子は、姿勢を正して深く座っても、気を緩め浅くもたれ掛けても、自分のポジションに保てるよう設計されている。オンでもオフでも心地よく過ごせることを、実際に座って試してほしい。東京都東日本橋にあるmaruni tokyoでは企画展「木とHIROSHIMA」を3月31日まで開催。木工家具には欠かせない木材を生かすデザイン、それに応えカタチにする行程を、見て、さわって、座って体感する展示となっている。

マル二木工は2028年に創業100周年を迎える。「次の100年も世界の定番として愛され、使う人の日常を美しく心豊かにするような精緻で優れたデザインの木工家具を作り続けたい」という山中洋社長のコメントでノンフィクション「奇跡の椅子――AppleがHIROSHIMAに出会った日」はページを終える。

「奇跡の椅子――AppleがHIROSHIMAに出会った日」
小松成美著  文藝春秋刊  定価2420円

■「木とHIROSHIMA」
場所:maruni tokyo
住所:東京都中央区東日本橋3-6-13
期間:2025年3月31日まで開催
TEL:03-3667-4021
営業時間:11:00〜18:00(平日)10:00〜18:00(土日祝)
定休日:火、水曜日

関連タグの最新記事

最新号紹介

WWDJAPAN Weekly

新社会人に贈る、2025年版「ファッション&ビューティ業界入門」 LVMH・ナイキ・ロレアル・ファストリ・ユナイテッドアローズまで国内外の有力68社のデータと動向を総まとめ

「WWDJAPAN」4月7日号の特集は4月に入社するニューカマーたちに贈る「ファッション&ビューティ業界入門」特集です。「ルイ・ヴィトン(LOUIS VUITTON)」「ディオール(DIOR)」などを擁するLVMHグループやスポーツ最大手のナイキ(NIKE)、「ZARA」を擁するインディテックス(INDITEX)、「ユニクロ(UNIQLO)」のファーストリテイリング、ロレアル(L’OREAL)、エ…

詳細/購入はこちら

CONNECT WITH US モーニングダイジェスト
最新の業界ニュースを毎朝解説

前日のダイジェスト、読むべき業界ニュースを記者が選定し、解説を添えて毎朝お届けします(月曜〜金曜の平日配信、祝日・年末年始を除く)。 記事のアクセスランキングや週刊誌「WWDJAPAN Weekly」最新号も確認できます。

ご登録いただくと弊社のプライバシーポリシーに同意したことになります。 This site is protected by reCAPTCHA and the Google Privacy Policy and Terms of Service apply.

メルマガ会員の登録が完了しました。