PROFILE: 「アパレルドッグ」(講談社)

「モーニング」で絶賛連載中の漫画「アパレルドッグ」をご存知だろうか?29歳の大手アパレルMDである田中ソラトや新人の家入スバル(23)らがメンズブランドの立ち上げに奮闘する姿を軸に、アパレル業界のビジネスをリアルに描く物語だ。縮小する業界で働くことへの焦燥感とモノ作りやファッションへの熱い気持ち、新ブランド立ち上げの苦闘などをときに生々しく、けれども共感を持って描き出されたストーリーに、アパレル業界人であれば胸が熱くなるはずだ。また、MDやODM企業などアパレルビジネスの内実が丁寧かつわかりやすく描かれており、アパレルビジネス入門書としてもぜひおすすめしたい。実は作者の林田もずるさんは、某大手企業を中心にアパレル業界で約30年もの間デザイナー&ディレクターを務め、53歳で漫画家に転身した異色の経歴を持つ。全アパレル業界人必読の漫画「アパレルドッグ」の誕生秘話に迫った。
PROFILE: 林田もずる/漫画家

WWD:大手アパレルの企業デザイナーから漫画家へ。今はどんな毎日ですか?
林田もずる(以下、林田):毎日がめちゃくちゃ刺激的で楽しいですね。50代になって漫画家になるとは、10年前には全く予想していなかった(笑)。アパレル業界以外で働くことも、何より漫画家になっていることが、本当に驚きで、夢みたいです。
WWD:いつから漫画家になろうと?
林田もずる(以下、林田):昔から絵を描くのは好きで、中学生くらいまでは漫画を描いていた。でも中学生、高校生くらいになると、当時は漫画好きが「ヲタク」として迫害され(笑)、音楽やファッションが「イケてる」という時代。ついそっちの方に行ってしまった(笑)。それに漫画ってスクリーントーンが1枚400〜600円もするので、限られたお小遣いの中で漫画を描くのに使うのも大変で、描かなくなってしまったんですよね。高校生以降はファッションや音楽などに夢中で、「漫画家になりたい」と思っていたこと自体、実は30年以上忘れていました。
31歳で有力ブランドのチーフデザイナーに
WWD:就職は新卒でアパレルに?
林田:そうです。新卒で大手アパレルメーカーに就職し、デザイナーとして配属。31歳では念願のチーフデザイナーになりました。
WWD:順風満帆ですね。
林田:まあ、そうとも言えますが、とにかく仕事は大変でした。そのブランドは多いときに一週間で20型くらいをデザインしていて、当時は日本でもかなりの量を生産していたので、週の前半にデザイン画を描いて、週の後半に生産担当者とふたりで工場に出張し、その場で使う糸を決めてサンプルを生産し、2時間後に上がってきたサンプルを確認&修正。そのサンプルを持ち帰ってMDが5000枚、1万枚と発注数を決め、翌週に量産して店頭に並べる、といったスケジュール。それが毎週だったので、いつも夜中の3時、4時までオフィスで働いていました。2000年代初頭まではどこのアパレル企業もそんな感じだったし、自分も30代前半で気力も体力も充実していたころので、ガンガン働いていました。平日はそんな感じで服を作っていたのに、休みの週末はまたいろいろな店舗に服を見に行っていました。まさに洋服にまみれた生活です。大変だったけど、充実していましたね。
WWD:その後は?
林田:20年近くそのブランドに在籍していましたが、そのくらい長くやっていると、ブランド自体の浮き沈みが多くて、それが一番堪えましたね。その後はいくつかのブランドのディレクターを経験して、2015年にいったん退社。その後は古巣の企業のブランドもやりつつ、フリーランスとしてさまざまなブランドのディレクションをやっていました。
50歳を超え、漫画を描くことに熱中
WWD:転機は?
林田:コロナ禍です。コロナ禍で外出できず、家にいるときに、子どもが誕生日にプレゼントした液晶タブレットで絵を描いていたのを見たんです。私自身はそれまでデザイン画もずっと手描きだったんですが、自分でも液タブを買って、初めて液タブで絵を描いてみた。これが自分でも驚くほど楽しくて。それで「クリップスタジオ」というお絵描きソフトを触ってみると漫画も描けた。そうすると、30年以上忘れていた「漫画家になりたい」という昔の自分の気持ちを思い出して、夢中になって漫画を描き始めたんです。2021年ごろです。
WWD:はじめはどんな漫画を?
林田:最初は4コマ漫画から。空いた時間を見つけては、夢中で描いていました。仕事と家事をやって、夜の空いた時間や土日に部屋に引きこもって描いていました。最初は描いているだけで満足でしたが、当然すぐに誰かに見てもらいたくなった(笑)。そこで初めてツイッター(現X)を開設し、そこで発表し、リアクションをもらったりしていました。そうこうするうちに、4コマではなく、きちんとストーリーがあるものを描くことに挑戦しよう、と。初めて描いたのは16ページの「学生バトル」物。いわゆる少年漫画です。
WWD:漫画の基礎知識はどこで?
林田:全くの素人なのでツイッターでリアクションをもらいながら、本を買ったり、YouTubeのハウツー動画を見て勉強しました。苦労したのは表情や変なポーズ、キャラクターの書き分けです。アパレルのデザイン画って基本的には人も服もかっこいいじゃないですか?でも漫画だといろいろな人が出てきて、普通のおじさんおばさんも描かないといけない。逆に服や背景を描くのはそれほど大変ではなかったです。
ツイッター以外にも、コミティアなどの同人誌イベントの、プロの編集者が見てくれる「出張編集部」にも何度か行きました。初めて描いた16ページの「処女作」も見てもらいましたが、「絵が古い」「ストーリー構成が悪い」とか、ケチョンケチョンでした。もちろん凹みましたが、プロの意見はものすごく正しくて、まったくその通りなんですよ。帰宅後にすぐに描き直してみて、すごく良くなって。やっぱりプロはすごいな、と思いました。
WWD:若いころからブランドのチーフデザイナーになり、その後も複数のブランドのディレクターも務めた。年下の編集者にけちょんけちょんに言われてプライドが傷ついたりはしなかった?
林田:めちゃくちゃ凹みはしましたが、それはなかったですね。というかアパレル時代の方が、もっと大変だったので(笑)。よくブランドの店長や、それこそMDから「こんなんじゃ売れない」「わかってない」とかズバズバよく言われていました。
(*同席した「モーニング」の担当編集者から「林田先生のハートは稀にみる強さです」と補足)
WWD:2024年1月に53歳でちばてつや賞の一般部門準大賞を受賞。働きながら、漫画はどう描いていた?
林田:朝と夜は家事・育児、日中は仕事で、夜9時から3時間くらい描いて、深夜1時には寝るという生活です。昔と違って50歳を過ぎてそんなに無理はできず、睡眠時間を削ってまでではなかったです。ただ、すでにフリーランスだったので平日でも時間の融通がきき土日も含めると週3日4〜5時間は描いていました。
WWD:連載はどう実現した?
林田:23年3月に、53歳で「モーニング」の月例賞に入賞し、一番下の名前しか出ない賞ではあるけど、初めて担当が付きました。メールを見て「来たー!」と。その前にもいくつかの出版社に持ち込んでは断られていたので、担当がつくのは本当に嬉しかったです。けっこうタイトなスケジュールでも、担当さんから「ネームのコンペがありますがやりますか?」と聞かれれば「やります!」と即答していました。そうした成果もあって24年1月にちばてつや賞準大賞を受賞し、連載の話をいただけた、という感じです。アパレル時代も、デザイナーやディレクターが止まるとその後が全部止まってしまうので、とにかく手を止めない、仕事を止めない。そして絶対に納品するっていう経験が役立ちました(笑)。
そして53歳で念願の漫画家デビュー&専業に
「アパレルドッグ」©林田もずる/講談社
WWD:週刊連載のいまのスケジュールは?
林田:連載の話をきっかけに24年2月にアパレルの仕事からは足を洗い、漫画家専業になりました。以前は時間があれば外出して、ショップを見て回るのが習慣だったけど、今は座って作業することが大半です。平日は朝6時に起きて家事などを済ませると、8時から8時半くらいから漫画の仕事をスタート。アシスタントが入るときは、オンラインでつなぎながら、20時か、21時までみっちり作業をしています。ネームが遅れたり締め切りがギリギリになったりすると、23時くらいまで作業しています。
WWD:一週間単位では?
林田:1週間でだいたいサイクルが決まっていて、大体週末の2日をネームに充てていて、ネームは紙とパソコンがあればできるので、人のいない朝の時間帯を狙って近くのカフェなどに行くようにしています。そうしないと外出することがなさすぎて。平日の3〜4日は作画です。その他は週2回くらい編集者との打ち合わせが入りますね。
WWD:「アパレルドッグ」の連載で苦労していることは?
林田:展示会に行ったり、知り合いに話を聞いたりはあるものの、現在のところ、多くはストーリーなども含めて頭の中にあるものを漫画にしているような状態です。ファッションビジネスや服に関わる部分は、これまでの経験が生きています。一番大変なのが、何気なく出てくるオフィスや店舗(笑)。例えば主人公のソラトが座っている席はシマに6席あって、部長がお誕生席で…など細かく設定したつもりだったけど、1巻を出す段階で連載分を校正さんにチェックいただいた際に、矛盾が出るわ出るわ(笑)。今はかなり細かい設定資料を作って、アシスタントも含め共有していますが、それでも内装というかオフィスや店舗などを描くのはかなり苦労していますね。自動ドアの動く方向など、実は知らないことだらけ。服はあまり苦労していない、と言いたいところですが、実は校正で、シーンによって身頃が左前だったり、右前だったりを指摘されたことも。とはいえ描く際には、アシスタントさんと一緒にワイワイ話しながらやっています。アシスタントさんの存在には、そういった部分にも助けられていますね。
WWD:漫画家になって変わったことは?
林田:昨年の2月にアパレルの仕事を完全に卒業して一番の変化は、洋服を買わない人の気持ちが、ようやくわかった。それまでは、自分も周りもバンバン服を買うのが当たり前だった。今は家にいる時間が長くなり、新しい服がなくても自分自身がよくなって、ようやく「一般的な」人の気持ちや考え方が理解できた、という感じです。50を超えて、この先の医療費とかローンとか税金とか、老後の不安とかそういったことを普通に冷静に考えられるようにもなった。逆に服をバンバン買うって、「普通じゃなかったんだ!」とようやく気づきましたね。でもだからこそ、「服を買う楽しさ」「新しい服を作ること&売ることの難しさや面白さ」を、「アパレルドッグ」の主人公であるソラトたちを通じて知ってもらいたいと思っています。
登場人物が全員、アパレルビジネスにまっすぐに熱い!
WWD:主人公のソラトは仕事にまっすぐ向き合っているZ世代だが、「アパレルドッグ」には40代、50代のちょっとひねたおじさんも登場する。20年近く縮小を続けるアパレル業界でもがき続けるそんな「おじさん」たちを若いふたりが揺り動かしながら物事を進めていく展開に、読んでいて胸が熱くなった。
林田:「モーニング」読者は40代50代も多く、私もアパレル時代に「もう自分の時代じゃないのかな」とか「後輩にもっと任せなきゃ」と思ったことが何度もあった。だから、一般読者にも、そういった気持ちに共感してもらえるはず、と思ったんです。あとは、「自分は今50代だけどこんなにも楽しい!!」というのも、同世代の人に伝えたかったです。
モノ作りのためなら一肌脱ぐ工場は実体験
&できる先輩がモデルにも
WWD:他にも取引先のODMの人が最初は怒っていたのに、モノ作りへの熱意が伝わると協力的に。そんなところも「業界あるある」。実体験ですか?
林田:若い頃によく墨田区のメーカーさんに「こんなんできるわけねえだろ!」って怒られながら涙目で何度も通ってなんとかやってもらったりした経験は入っています(笑)。「アパレルドッグ」のデキる生産担当の「宮さん」は、まさに自分が一緒に仕事していたある先輩をイメージしています。いいものをつくるためなら、大変であっても一緒になってなんとかしてくれる、そんなところがアパレルの工場さんにはあります。
WWD:「アパレルドッグ」は、これまでのアパレル漫画で主役になることが多かったデザイナーやモデルではなく、一般的にはマイナーな職種であるMDが主役。デザイナーも出てくるが、生産管理やODM企業、経営管理など、いろいろな職種の人が出てくる。ただ、どのキャラクターも魅力的だ。
林田:アパレルで働いているときに「チャラチャラした格好で遅めの出社。ルーズな仕事だな」と他の業種の人からは見られているんだろうな、とは思っていました。でも「アパレルドッグ」で描いている通り、主人公でMDのソラトもそうですが、本気で洋服に対して向き合って考えてビジネスをしている。職種、あるいは企業の大小にも関わらず、みんな真剣にビジネスやファッションに向き合っています。「アパレルドッグ」ではそういった部分をきちんと描きたい。その上で、こんな楽しそうな仕事ならアパレル業界もいいじゃんって思ってくれる人が少しでも増えてほしい、そう思っています。それが30年以上、私を育ててくれたアパレル業界への恩返し。今後の展開は秘密ですが、これは揺るがずに、変わりません。ぜひこれからの「アパレルドッグ」もお楽しみに!