バリー(BALLY)のトップを務めるフレデリック・ドゥ・ナープ(FREDERIC DE NARP)社長兼最高経営責任者(CEO)は、「カルティエ(CARTIER)」銀座店の販売員出身。その後、同ブランドのスイスやイタリア、ギリシャ、そして北米のマネジャーやトップを歴任し、2012年には「ハリー・ウィンストン(HARRY WINSTON)」の社長兼CEOに就任。翌年、「バリー」の再生を託され、現職に就任した。彼の今の目標は、「バリー」の年商を10億ドル(約1090億円)にのせること。映画「ミリオンダラー・ベイビー(MILLION DOLLAR BABY)」にちなんで、自身を「ビリオンダラー・ガイ(BILLION DOLLAR GUY)」と呼ぶ彼は、「目標は射程圏内だ」と話す。そんな彼に、これまで&これからのキャリアを聞いた。
WWD:マーケットの現状をどう捉えている?
フレデリック・ドゥ・ナープ=バリー社長兼CEO(以下、ナープCEO):いくつかの理由で楽観視している。1つ目の理由は、人口増。世界のGDP(国内総生産)は上昇傾向にあるし、世界中の中流階級が都会的生活を送り始めている。特に中国はスゴい。2030年まで毎年、年率9%のペースで上流階級が増えるからね。人間は、美しいものが好きな生き物。その意味でクオリティーの高い商品を作り、販売するわれわれには大きなチャンスがある。ただ、成功できるのは歴史あるブランドだけだ。ミレニアル世代だって、本物で背景のしっかりした商品を求めているからね。ミレニアルズはすでに27%、10年後には売り上げの40%を支えるラグジュアリー業界にとって大切なお客様だ。
WWD:「バリー」は、どうやって売り上げを伸ばすのか?
ナープCEO:この5年、そして次の5年で強化するのは、アクセサリーだ。「バリー」は靴から誕生したブランドながら、すでに売り上げの53%をバッグなどのアクセサリーで稼いでいる。シューズは44%。残りの3%が洋服だ。販路では、空港内免税店をさらに強化する。すでに137の店舗を構え、「サルヴァトーレ フェラガモ(SALVATORE FERRAGAMO)」に次ぐ業界第2位の規模だが、可能性はまだまだ大きい。空港内免税店は、2014年に店舗数を倍にした。00年には3000万人だった中国人観光客は15年には1億2000万人を突破し、30年には2億4000万から2億6000万人になるといわれている。僕が入社した時は、全体の3割に過ぎなかったウィメンズも大きなチャンスだ。今年は前年に比べ41%伸びる見通し。4割に迫る勢いだ。
WWD:一方で本社機能を集約するなど、コストカットにも積極的だ。
ナープCEO:創業の地であるスイス・カズラノとロンドン、そしてミラノの本社機能をミラノに集約した。生産拠点を集め、輸送で時間とコストをムダにするのを防ぐためだった。今後は、ムダな商品を作ることもやめる。生産数は半分くらいに減るだろう。ブティックの壁面に並べるだけの商品は作らない。
READ MORE 1 / 2 目指すは「ハッピー・ラグジュアリー」
ミュージックプロデューサー兼企業家SWIZZ BEATZ(右)とはカプセル・コレクションに取り組んだ。80年代に由来するヒップホップカルチャーに立ち返る
WWD:デザイナーの交代が続き、「バリー」というブランドがわかりにくかった時もあった。
ナープCEO:そんな時期もあったが、今は明確だ。目指すは「ハッピー・ラグジュアリー」。ミレニアルズの心に響くためにも、楽しく、エネルギーにあふれ、近寄りやすいブランドを目指したい。「バリー」は、レッドカーペットのためのブランドじゃない。もっと都会的でカジュアルだ。適正価格で、手の届くラグジュアリーを提供する。1980〜90年代、われわれはアメリカのヒップホッパーの間で大人気だった。当時、アメリカで販売した靴の半分以上はスニーカー。80年代の栄光を現代的に解釈するつもりだ。
WWD:キャリアをスタートした「カルティエ」や前職「ハリー・ウィンストン」に代表される宝飾・時計の世界と、アクセサリーブランドは違う世界だったか?
ナープCEO:クオリティーとクラフツマンシップが大切という意味では変わらない。若い世代を開拓したいという思いも共通だ。組織も似ている。トップはどこでも、オーケストラの指揮者みたいなものだ。今も当時と同じ雑誌、編集者と仕事をしているしね。違いは、ファッションの世界はクリエイティビティーに溢れていること。宝飾と違って、商品1つ1つの売り上げは全体から考えるとごくごくわずかだから、思い切った冒険ができる。一生モノのハイジュエリーでは失敗できないが、1シーズンならコレクションだってリクス覚悟の勝負ができる。
WWD:ともにCEOとしてブランドをけん引する「ハリー・ウィンストン」と「バリー」の違いは?
ナープCEO:「ハリー・ウィンストン」は、誰もが憧れるブランドだ。正直、「バリー」で働き始めた時は、「『バリー』も憧れのラグジュアリーにならなくっちゃ」と思ったが、それは間違っていた。「「バリー」のブティックには、クロコダイルのバッグなんて必要ない。その隣には250ユーロ(約3万2500円)のスニーカーが並ぶんだからね。そんなことをしたら、逆に消費者の混乱を招いてしまう。
READ MORE 2 / 2 マネジメントの手法はどこで?誰から?
WWD:チームマネジメントの極意は、どこで学んだ?
ナープCEO:日本でのキャリアが礎にある。フランス人だからか、若い頃は個人プレイばかりだった。だからこそ集団の中で働く必要があると考え、日本に渡ったんだ。大事なことはすべて、日本人から学んだ。あの国は、1945年からほんの10数年で世界第2位の経済大国になったんだ。これは、本当にスゴいことだ。今も日本は尊敬しているし、家族も同様だ。
WWD:自分自身のマネジメント術をどう表現する?
ナープCEO:協業型、かな。個々の価値、特にそれぞれのチャレンジ精神を融合させたいと考えている。だからこそ部下は僕を信頼してくれるし、僕も彼らと働くのが好きだ。信頼しているし、皆、僕より優れている。一緒に働く仲間は常に尊敬しているし、尊敬しなければと思っている。
WWD:そんな考えを教えてくれたのは、誰?
ナープCEO:(リシュモングループの共同CEOだった)ベルナール・フォーナス(Bernard Fornas)は、強いリーダーシップとビジョンで組織をけん引してくれた。「ゲラン(GUERLAIN)」でインターンをしていた頃、インターナショナル・ジェネラル・マネジャーだった彼からはいろいろ教えてもらった。その後、「カルティエ」で再会したんだ。マネジメントの手法は全然違うが、ずっと僕の師だ。(ハンガリー出身のユダヤ人で自らのホロコースト体験を小説にして、後年ノーベル平和賞を受賞した)エリ・ヴィーゼル(Elie Wiesel)も長年の友人で、師と呼ぶべき存在だ。彼は常に、「もっと上を目指し、深く考えろ」と諭してくれたんだ。