PROFILE:大学院でMBAを取得し、ロサンゼルス・ドジャースなどに勤務。2013年に「フィアー オブ ゴッド」を立ち上げた Patrick Macleod / WWD (c) Fairchild Fashion Media
「フィアー オブ ゴッド(FEAR OF GOD) 」を2013年に立ち上げたジェリー・ロレンゾ(Jerry Lorenzo)は、従来のファッション業界のシステムや常識にはまらない方法でブランドを手掛けている。彼はランウエイショーもやらなければ、春夏や秋冬といったシーズンに合わせてコレクションを発表することもない。学校でデザインを学んだ経験さえないが、既存のマーケットに欠けていると考えるアイテムを提案することでファッション業界の一員となった。そんな彼は、カニエ・ウェスト(Kanye West)やジャスティン・ビーバー(Justin Bieber)と共に手掛けたツアーグッズや「ヴァンズ(VANS)」などとのコラボにも見られるように、ラグジュアリーな審美眼をよりマスな環境で表現することでカルト的な支持を獲得。その成功の裏側とラグジュアリー・ストリートウエアの未来についての考えを聞いた。
米「WWD」(以下、WWD):どのようにして「フィアー オブ ゴッド」を始めたのか?
ジェリー・ロレンゾ(以下、ロレンゾ):ロサンゼルスのダウンタウンには工場が集まる地区があって、ソファでもTシャツでもなんでも自分の作りたいものを作ることができる。当時、自分が欲しいものが店には並んでいなくて、それなら自分で作らない手はないと思ったのがきっかけだ。でも、その前には大学院でMBAを取得して、メジャーリーグベースボール(MLB)の「ロサンゼルス・ドジャース(Los Angeles Dodgers)」で働いていたんだ。もともと父親が野球業界で働いていて、自分も同じ業界で生きていくしかないと思っていたからね。ただ、大学在学中には「ギャップ(GAP)」と「ディーゼル(DIESEL)」で働いていたし、大学院で学ぶ傍ら小売りの仕事もしていた。会社に勤めている時でさえ、週末には小売業に携わっていたし、さらに稼ぐためにナイトライフに関わる仕事もしていた。そうした中で、セレブやアスリート、インフルエンサーとの交友関係の多くは自然にできてきたんだ。カニエ・ウェストと一緒に仕事をすることになったのも、もともと彼の周りにいるヴァージル・アブロー「オフ-ホワイト c/o ヴァージル アブロー(OFF-WHITE c/o VIRGIL ABLOH)」や元カニエのマネジャーで「ジャスト ドン(JUST DON)」ディレクターのドン C(Don C)、カニエのパーソナル美容師のイブン・ジャスパー(Ibn Jasper)らと友人だったことがきっかけだった。
WWD:どうしてカニエと仕事をするように?
ロレンゾ:ファーストコレクションの一部をヴァージルに贈ったところ、それを見たカニエが気に入り、カニエと「アー・ペー・セー(A.P.C.)」のコラボレーションに参加することになった。「カニエ ウェストx アディダス オリジナルス イージー(KANYE WEST X ADIDAS ORIGINALS YEEZY)」やカニエのアルバム「Yeezus」のウエア作りにも参加したが、彼からは多くを学んだ。
WWD:ブランドの美学は?
ロレンゾ: コンセプトは約13年間住んでいたLA。LAでは皆、あたかも頑張ってないように見せる努力をする一方で、その日に起こること適した格好をしていたいと思っている。たとえ一日の終わりがジムだとしても、ランチミーティングがあったとしても、その場に適しつつ、ファッショナブルでエレガント、そしてシックでありたいんだ。「フィアー オブ ゴッド」は、そんなエフォートレスでエレガントなアプローチをストリートウエアに用いている。自分のやりたかったことは、ロゴばかりが主張するストリートブランドでもラグジュアリーなメゾンでもなく、その中間にあった。
WWD:たくさんの新進ブランドがある中で、瞬く間に頭角を現すことができた秘訣は?
ロレンゾ:それは直感的な本能や人生、カルチャーに基づいたものかな。最初のコレクションを発表した時、1年の中で決まった時期に発表しないといけないなんて知らなかった。バーニーズ ニューヨーク(BARNEYS NEW YORK)に行ったら、時期が違うと言われたけど、それでもコレクションは見てくれた。業界のルールは知らなかったけど、彼らの売り場に足りないものを自分は持っていると自信があったしね。それに、私は彼らがターゲットとする若者たちに語りかける方法を知っているし、その若者たちがストリートカルチャーに影響を与えるんだ。私がヴァージルと同じカテゴリーに入るとしたら、私たちは若い頃、デザイナーズブランドを調べ、それを自分たちのモノにするとともにカルチャーに影響を与える方法を探し出してきたから。それからカルチャーがインフルエンサーの後を追うようになり、ブランドはそういう若者の恩恵を受けるようになった。そして今や、その流れを生み出してきたあの頃の若者が、今の若者に支持される服を作っているんだ。
WWD:ブランドの顧客はどんな人か?
ロレンゾ: 2000ドル(約22万円)しか持っていないのにボマージャケットに1200ドル(約13万円)を使うような若者をイメージしている。自分自身も若い頃そうだったしね。「フィアー オブ ゴッド」では、ジーンズだろうとボマージャケットだろうと最高水準で特別なアイテムを作りたいと考えているし、価格にもそれが反映されている。若者を含め自由に使えるお金の少ない人に買ってもらうために、商品を妥協して価格帯を下げることは決してない。それに、もし彼らが本当に欲しいと思えば、手に入れる方法を見つけるはずだ。
「フィアー オブ ゴッド」フィフスコレクションから
WWD:コレクションにはビンテージの要素も見られるが、ビンテージが好きな理由は?
ロレンゾ:「フィアー オブ ゴッド」はアメリカン・クラシックの自分たちなりの解釈。オーバーコートなのに半袖だったり、ウォルマート(WALMART)でも売っているようなフランネルシャツをラグジュアリーなモノに仕上げたり。いかにもアメリカらしいアイテムを今の時代に合わせて表現している。そのためにも、自分にとってビンテージ・ショッピングはとても重要。自分が作るべきアイテムを見つけられるだけでなく、服がどのように作られているかを知ることができるからね。私には服の構造に対する知識があまりないから、昔のものから学ぶことが大事なんだ。
WWD:ウィメンズを作ることには興味があるか?
ロレンゾ:メンズのプロポーションやシルエットの方が得意だし、メンズウエアを着る女性はめちゃくちゃクールだと信じている。それに、女性の体形やプロポーションを理解しているかのような見せかけで別の何かを提案するよりも、自分が作ったメンズアイテムを着てもらう方が正直だろ?だから、コレクションのルックブックには男性だけでなく女性のモデルも起用して、彼女たちに向けたものでもあるってことを表現している。唯一、女性向けにしたことといえば、XSサイズを作ったことくらいかな。
WWD:ラグジュアリー・ストリートは一時的な流行だと言う人もいるが?
ロレンゾ:それは一つの意見にすぎないし、誰にだって意見はある。私はデッサンの方法すら知らないから、自分の立場を心地よく感じるまでにはしばらく時間がかかった。だけど今はここにいることに満足している。それは、自分の提案しているものが「ジバンシィ(GIVENCHY)」の提案するものと同じくらい通用すると分かっているし、自分の服に対するアイデアは同じ売り場に並ぶ他のデザイナーに匹敵するものだから。目の前で起こっていることを信じたくない人たちの抵抗から多くの否定的な意見が生まれていると思うけど、パワーバランスは変わりつつある。売り場や若い消費者を見れば一目瞭然だ。自分はこの方向性を信じているし、アメリカのストリートカルチャーはあらゆるものを認める文化。一時的な流行だと言いたい人がいるなら、勝手に言わせておけばいい。
WWD:コラボレーションについてはどう思うか?
ロレンゾ:ビジネスの観点からすると、業界をリードしている人たちにとってコラボは必要不可欠ではないと思う。独自の視点を持っているならば、自分がやりたいことよりも自分が成し遂げたいことの方が強くない限り、コラボをする必要はないんじゃないかな。「シュプリーム(SUPREME)」と「ルイ・ヴィトン(LOUIS VUITTON)」のコラボを見た時には、“まさに私たちのやっていること”だと思った。自分たちは、ハイブランドをストリートに持ってくることなく、ラグジュアリーとストリートを掛け合わせて表現しているから。
WWD:セレブからも支持されているが、セレブはどのくらいビジネスに影響を与えているか?
ロレンゾ:コレクションを作っている時、みんな欲しがるアイテムだということは分かっているけど、セレブが着てくれることを期待して作ることはない。セレブはブランドの認知度を上げるにはすさまじい力を持っているし、それは自分のやっていることを大きく見せるけれど、それに見合った商品でなければ致命傷にもなりうる。
WWD:ジャスティン・ビーバーとのコラボはどうだった?
ロレンゾ:素晴らしかったよ。正直に言うと、私はちょうどカニエとの仕事が成功した時で、ジャスティンは当時まだファッションにおける影響力も持っていなかった。でも、CDアルバム「Purpose」とそのツアーに込めたメッセージに惹かれたし、その結果、ファッションの枠を超えてコミュニケーションにおけるコラボレーションができたと感じている。彼は自分の方向性を変えて大人になろうとしていたし、当時、ジャスティンの音楽とルックスはマッチしていなかったからね。それに、若者にとってアルバムはダウンロードするものになっている今は、ツアーグッズだけが音楽において物理的に手に入れられるもの。だから、ツアーグッズをアルバムの延長にある重要なものとして捉えている。
WWD:一緒に働く人に求めるものは?
ロレンゾ:今はバッカーもいないし、自分自身がCEOでもある。投資を求めているわけではないが、オープンな姿勢ではいるよ。それよりも探しているのは、既存の価値観を打ち砕くような挑戦に関わりたい人だ。自分たちがこの業界ですべき唯一のことは、業界の常識をぶち壊すこと。CEOの立場で言うと、クリエイションで自分が実践しているような“破壊”を、ビジネス面で実現してくれるような人に出会いたい。私たちは業界の昔ながらの枠組みや構造が見えていないわけではない。ファッションを違う視点で見ているんだ。
JUN YABUNO:1986年大阪生まれ。ロンドン・カレッジ・オブ・ファッションを卒業後、「WWDジャパン」の編集記者として、ヨーロッパのファッション・ウィークの取材をはじめ、デザイナーズブランドやバッグ、インポーター、新人発掘などの分野を担当。2017年9月ベルリンに拠点を移し、フリーランスでファッションとライフスタイル関連の記事執筆や翻訳を手掛ける。「Yahoo!ニュース 個人」のオーサーも務める。