ファッション

サンローランを支え続けたピエール・ベルジェを偲ぶ

 イヴ・サンローラン(Yves Saint Laurent)の長年のパートナーであったピエール・ベルジェ(Pierre Berger)が9月8日、パリで亡くなりました。享年86歳。彼が指揮を執ったパリとマラケシュのイヴ・サンローラン美術館オープン間近のことでした。ベルジェは1958年、「クリスチャン・ディオール(CHRISTIAN DIOR)」でコレクションを発表したサンローランと知り合い、61年のサンローラン自身のメゾン設立から、公私ともにずっと彼を支え続けた人物として知られています。

頭脳明晰、理性に満ちたビジネスマン

 ベルジェは2008年にサンローランが亡くなった後も、ファッションシーンなどでおなじみの人物でした。11年には、芸術に造詣が深い2人で収集したコレクションをクリスティーズ(CHRISTIE’S)のオークションに出します。ピカソ(Pablo Picasso)やブランクーシ(Constantin Brancusi)、デュシャン(Marcel Duchamp)などのアート作品をはじめ、建築家兼デザイナーのアイリーン・グレイ(Eileen Gray)のチェアなどが出品され、「世紀のオークション」と言われるほどでした。グレイの“ドラゴンチェア”は、何と27億円相当で落札されました。これらの収益金は全てピエール・ベルジェ=イヴ・サンローラン財団(THE FONDATION PIERRE BERGE- YVES SAINT LAURENT以下、財団)に寄付されました。同年彼は、亡きサンローランへの思いを綴った書籍「イヴ・サンローランへの手紙」を出します。その後、立て続けに公開された映画「サンローラン」や「イヴ・サンローラン」でも、ベルジェのビジネスマンとしての手腕や冷静な立ち居振る舞い、サンローランへの献身的な姿が鮮やかに描かれています。ベルジェはオークションや書籍の出版、パリとマラケシュの美術館の建設と、まるで計算したようなタイミングで2人の集大成を成し遂げたといえるでしょう。美術館の完成を目にすることはなかったとはいえ、サンローランと築き上げたレガシーを、美術館という形で残したのですから。

2人が愛してやまなかったマラケシュ

 サンローランといえばスモーキングが有名ですが、それ以外にも、モンドリアンやペザント、サファリなど、アートやエキゾチシズムに満ちたクリエイションを生み出しました。サンローランとベルジェは1960年代からマラケシュを訪れるようになり、80年にマジョレル庭園を購入して、別荘として幾度となく休暇を過ごしました。2人が愛してやまなかった特別な場所です。サンローランの遺灰は2008年6月11日にマジョレル庭園にまかれました。

 マジョレル庭園は世界中で、私の最も好きな庭園の一つです。今まで数回訪れていますが、初めて訪れた際、マジョレルブルーと呼ばれる鮮やかなブルーとイエローのコントラストが美しい美術館に感動しました。中にはラバト刺しゅうのカーテン、モロッコの伝統的な花嫁用刺繍ベルト、トゥアレグ族のジュエリーなど、今まで見たこともないモロッコの工芸品の数々に圧倒されたのを思い出します。

ベルジェの人格が反映された庭園

 14年に久々にマジョレル庭園を訪れ、大きな変化に気付きました。08年に建てられたサンローランの記念碑はもちろんのこと、書店を併設した既存美術館のリニューアルをはじめ、ブティックやギャラリーも開設されていました。まだリニューアルは継続中という印象で、庭園内のカフェでスタッフに話を聞くと、「ベルジェ氏はほぼ毎月ここに来て、リニューアルの指示を出したりチェックをしたりしています」と教えてくれました。それを聞き、ベルジェの庭園への深い愛着を感じられずにいられませんでした。

 庭園内のブティックはサンローランと彼のミューズであったルル・ド・ラ・ファレーズ(Lulu de la Falaise)へのオマージュそのもの。店内には、カラフルな洋服やジュエリー、モロッコの手工芸品などが趣味よく並べられていました。ブティックのスタッフが「私は以前、ツアーガイドで国内各地に行くハードな仕事でした。ベルジェ氏のおかげで、マラケシュにいて世界中から人が集まるお店で働くことができて幸運です」とほほえんだのが印象的でした。

 庭園内の隅々まで歩いて庭園を満喫し、タクシーに乗ろうとしたところ、高額の料金を吹っ掛けられました。それを見た門のスタッフは、とっさに私を庭園の中に招き入れ待つように言い、彼は別のタクシーを見つけてエスコートしてくれました。親切な対応にお礼を言うと、「ムッシュ・ベルジェの教えです。この庭園には世界中から人々が訪れます。来場者に満足して帰ってもらうのが、われわれの仕事なのです」と誇らしげに答えました。旅ではいろいろな出合いがありますが、このエピソードは私の心に深く刻まれています。

 地上の楽園そのものといっても過言ではないマジョレル庭園、それを可能にしたのはベルジェ自身であり、庭園は彼の人格を反映しているのだと思います。マジョレル庭園を通して、モロッコの手工芸に敬意を払い、現地の人々を雇用して教育し、アーティストには展示スペースを提供するなど、ノブレス・オブリージュ(NOBLESSE OBLIGE)を実践したベルジェ。会話したスタッフが“ムッシュ・ベルジェ”と親しみを込めて呼ぶのは、彼が現場の人だったからでしょう。この地上の楽園の主が去った後、庭園はどうなるのでしょう?ご心配は無用です。ベルジェは今年3月、財団の副理事長でありマジョレル庭園財団のディレクターであるアメリカ人のランドスケープ・アーキテクト、マディソン・コックス(Madison Cox)と結婚しているのです。これも、ベルジェの人生最後の構想の一つだったのかもしれません。

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