ファッション

店も、デザインも、全身全霊 「シュタイン」の真摯な服作り

 東京・原宿のキャットストリートと道を一本隔ててひっそりと佇むセレクトショップ「キャロル(CAROL)」が今、感度の高い服好きたちの人気店となっている。目当ては店舗のオーナー、浅川喜一朗が自らデザインを手掛ける「シュタイン(STEIN)」のアイテム。主な顧客層は20代後半~30代で、2018年秋冬はアウター類が7万~9万円という高価格ながら、発売から1週間以内に完売した。「静かに、ゆっくりとブランドが広がってほしい」という浅川の思いとは裏腹に、売り上げは前年比で4倍以上と急激に伸びている。

 陽の光がほのかに差し込み、打ち放しコンクリートや配管がのぞく約35平方メートルの店内には、「シュタイン」やセレクトアイテム他、普遍的な魅力をもつビンテージアイテムが並ぶ。静謐でゆったりと時間が流れる空間は、浅川の美意識を体現している。ブランド名は、アインシュタインやヴィトゲンシュタインといったドイツ系ユダヤ人の名前の接頭辞を省いたもので、“未完成”という意味を込めた。「その身にまとった人に何か伝わり、特別な一着になるような洋服を作れたら」。だからこそ浅川は、「着てくれるお客さまと最も近いところにいる」ため、店主との二足のわらじを履いている。

 店の端に目をやれば、製作過程の服や生地、部品のサンプルがあふれ、デザインの仕事だけでも精一杯の様子。だが浅川は、「店に立ち、自分の言葉で服の良さや物語を伝えたい」とかたくなだ。

100着以上を解体、服作りに目覚める

 現在32歳の浅川の服作りの原点は、20代前半の頃に没頭した、服をパーツごとにばらして研究する“解体作業”だった。セレクトショップの店員として働きながら、「名作とされる服の美しさの理由を知りたい」と、実に100着以上をバラした。ひもといてみると、「パターンやディテールなど、名作は名作たるゆえんが詰まっていた」という。「特に1980年代の『ラルフローレン(RALPH LAUREN)』のトレンチコートはすごかった。芯地を入れず、膨らみをもたせるような縫製、極端に太いアーム。体にまとうようなシルエットを作るために、全てのディテールが考え込まれて作られていた」と興奮気味に話す。

開店前に生地、部品、タグまで思案

 16年のキャロルのオープン後、ほどなくしてスタートした「シュタイン」は、初めはパンツ3型のみの展開だった。18年春夏にはトップスやアウターなどを含む30型まで増やし、秋冬から信頼できるセレクトショップへの卸も始めた。デザイナー仕事の比重は増えているものの、キャロルを営業する12~20時は店のことに専念する。「接客には手を抜きたくない。最近はお客さまの問い合わせにも追われている。オンラインショップの運営・発送も1人でやるため、やることは山積み」。時間は毎日、矢のように過ぎていく。朝5時に起床、開店前に「シュタイン」の新作の生地の展示会やパタンナーを訪問し、ジップなどの部品やプライスタグの仕様まで生産者と話し合いを重ねる。

閉店後がデザインの時間 服のことが頭から離れる時間はない

 店を閉めてからがデザインの時間。まずは写真集を見たり、映画を観たりといったインプットに集中する。18年秋冬のテーマとなったのはドイツの写真家ヘルムート・ニュートン(Helmut Newton)の写真集に収録された1枚の写真。当時、女性差別の根強かったパリの街で、マニッシュなブラックのセットアップスーツという出で立ちの女性にインスピレーションを受けた。写真から受けるイメージや美しさを言語化し、イメージを膨らめていく作業には膨大な時間が掛かる。「かっこいい、美しいもの、空間、時間を普段からたくさんインプットしておきたい。服のことを考えない時間はない」。展示会が近づけばデザイン画、仕様書を起こすといったアウトプットに専念する。外を歩いている時、突然作りたい服のイメージが“降ってくる”ことも少なくないという。

二足のわらじはお互いになくてはならない

 浅川は、デザイナーの仕事がどんなに忙しくても、店頭に立つことをやめようとは思わないと言う。普段は物静かだが、客と対面すると服への熱い思いが言葉となって溢れ出す。素材選定や生産者の苦労まで、こだわりぬいた服の背景を伝えたいという思いがある。トレンチコートであれば、生地に量感を持たせる理由や、陰影を強調するためのガンフラップの付け方など、服のストーリーを一から十まで自分の口で説明できる。「自分の作った服をお客さまが羽織る姿を見られるなんて、こんなに嬉しいことはない」。得た収穫を、次のデザインに生かすことも多い。浅川が履く二足のわらじは、お互いになくてはならないものだ。

足りないのはブランドを深掘りする時間

 今必要なものはと問えば、「『精神と時の部屋』(笑)。とにかく時間がほしい」。今後はアートワークや写真の研究を進め、着想源やデザインのフィルターを増やして「シュタイン」をより深化させたいという。「でも店を大きくしたり、増やしたりといった、横に広げていこうみたいな野望はなくて。こんな辺ぴなところに来て下さるお客さまに、自分の言葉で『シュタイン』の良さを伝えたい。水の波紋が広がるように静かにゆっくりと届いてくれればうれしい」

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