ビューティ

ファッション業界も注目するパリ発美容専門店「ビュリー」の仕掛け人 ラムダン・トゥアミの頭の中

 1803年にパリで創業し、自然素材を使った化粧品による美容法や衛生法をヨーロッパに広めた“総合美容薬局”をルーツに持つ「オフィシーヌ・ユニヴェルセル・ビュリー(OFFICINE UNIVERSELLE BULY)」。2014年に美容家のヴィクトワール・ド・タイヤック(Victoire de Tailac)とアーティスティック・ディレクターのラムダン・トゥアミ(Ramdane Touhami)夫妻の手により、オリジナルの化粧品や美容グッズを取り扱う美容専門店としてよみがえった。現在8カ国で30店舗を展開し、古来の製法に最新の技術を加えた化粧品と共に、19世紀のパリを彷彿させる芸術的で美しい店舗内装やパッケージデザインがビューティ業界人だけでなくファッション業界人からの支持を集めている。アーティスティック・ディレクターを務めるトゥアミ社長にブランド哲学や店舗作りについて聞いた。

WWD:コスメブランドとしてユニークなモノ作り・店舗作りをしているが、その理由は?

ラムダン・トゥアミ社長兼アーティスティック・ディレクター(以下、トゥアミ):今は世界中どこへ行っても同じようなショップばかりになってしまった。アフリカもムンバイもポートランドも、どの町に行っても同じカフェがある。これはインスタグラムやピンタレストの負の一面だが、どこへいっても同じ光景になってしまうのはすごくつまらない。だからオリジナリティーのある店づくりがしたかったんだ。

WWD:そうした問題意識がデザインのモチベーション?

トゥアミ:すごく単純に、同じことをまねするようなつまらない仕事をやりたくないだけ。僕は退屈が偏執狂的に嫌いなので、違うことをやり続けたい。シンプルがかっこいいとは1ミリも思わないんだ。何か違うこと、新しいこと、面白いことをしないとお店に来るお客さまに意義を感じてもらえない。お店に入った瞬間に「すごい!」と驚いてほしい。

WWD:2014年にフランスで1号店をオープンしてから、今では世界に30店舗を構える。最初から国外進出を考えていた?

トゥアミ:当初は1店舗だけフランスにオープンしようと思っていて、卸事業も考えていなかった。(妻で共同経営者の)ヴィクトワールにお店を任せて、自分は別のビジネスをやろうと思っていた。でも始めてみたらすごくうまくいったのでびっくりして、新しい店舗を作ってみることになった。パリの19世紀を再現した化粧品専門店を東京で開くなんてナンセンスだよね(笑)。

WWD:昨年京都にオープンさせた新店も、日本の茶室から着想した数寄屋造りを取り入れるなど代官山の本店とは違うコンセプトで話題となった。

トゥアミ:全ての店舗でまったく違う体験をしてほしいので、内装はオーダーメイドで職人が一つ一つ手作りしている。京都のお店は日本的な伝統を意識して作った。パリのサントンジュ店は、ウインドーディスプレーが天井までつながったへんてこなお店。審美眼がないと気付いてもらえないようなユーモアを散りばめた、建築上の意匠に遊び心を取り入れたものが多い。NYはアール・デコで作った。ロンドンのドーバー ストリート マーケットで行ったポップアップはピンクのセラミックでできた棚が奇想天外だったと思う。

WWD:店舗デザインのインスピレーション源は?

トゥアミ:ドラッグ中毒だから(笑)。それは冗談で、僕はお酒も飲まないし、たばこも吸わない、肉も食べないしほとんどビーガンで、いたってノーマルな人間。デザインは直感でピンときて、いつも2分もあればできてしまう。まだ場所は言えないが、東京近郊で新しいお店を作っていて、それは全て赤いレンガでできている。頭のおかしいお店になると思うけど、すごく素敵。実は店舗デザインの依頼がたくさん来るので、1月にクリエイティブエージェンシーをつくった。力試しで3件のコンペに参加したら全部通ってしまい驚いている。1つはパリや南フランスにあるホテルのコンペで、ホテルのリノベーションや古いお城をホテルに造り替える仕事もある。そのほかにもカフェやレストラン、化粧品ブランド全体のブランディングの仕事も決まったし、詳しくは言えないが韓国のベーカリーショップも手掛けることになった。

WWD:クリエイティブエージェンシーの名前は?

トゥアミ:「アール、ルシェルシュ エ アンデュストリ(Art, Recherche et Industri)」。日本語にすると「芸術、産業および研究」という意味で、あえて“研究所”という古くさい名前のデザイン会社にした。本部はスイスのローザンヌに置くつもりで、最近古い印刷工場だった建物を買ったところだ。

WWD:マーケティングはしない?

トゥアミ:マーケティングは過去の分析でしかないので、未来を作るためには意味がない。後ろを見ながら運転するようなもので、過去は未来を反映しないと思う。街を歩いたり、お店の写真を見たりしているだけで、全てのものからインスパイアされる。常に「いいね!」と思ったものを頭の引き出しに入れておく。そして何かの仕事でそのとき「いいね!」と思った色の組み合わせを使ったりする。日本の古いお店が好きで、インスパイアされることが多い。日本の美しいものを見たいし、スペインの広告も見たいし、フランスの広告も見たい。広告だけじゃなくさまざまなものを見たい。僕はたぶん他の人とものの見方が違うようだ。ある人がマトリョーシカみたいな大きな箱の中に小さなものが入っているサンプルを見せてくれたんだけど、別の用途を思いついた。たぶん脳の回路がおかしいのかも。紙も大好きで、1枚の紙を見るだけですごく興奮していろいろな想像が働くし、紙のことをしゃべり続けられる。ビンテージの高価な本もたくさん買うし、ビジュアルだけじゃなく哲学や文学が好きなのでひたすら読んで吸収する。

WWD:お店に来る人は何を目的に来ていると思うか?何を提供したい?

トゥアミ:僕が提供したいのは「Wow(驚き)!」。「素晴らしいサービス」「素晴らしい商品」「なんてすごい空間」––そう思ってほしい。家に帰って試して「Wow!なんていい香り!」「すごく肌の調子がいい!」とか、街ですれ違ったときやボーイフレンドと一緒に寝るときに「Wow!すごくいい香り!」と思ってほしい。僕らは役立たずで、僕らの会社が明日なくなったとしても誰も困らない。僕らが作っているのはただのお土産。でもせっかくのお土産なら、いいお土産になりたいと思っている。僕たちの商品のボトルはプラスチックを使っていなくて、全部ガラスで作っている。なぜガラスにしているのかというと、プラスチックは体によくないという前提があるのと、20年後、30年後にフリーマーケットで「『オフィシーヌ・ユニヴェルセル・ビュリー』のボトルを見つけた!」と言ってほしいから。サステイナブルというより、モノにセカンドライフを与えたいという気持ち。全てをグリーンで塗りつぶしたいとは思ってないし、僕が仕事をする上の哲学は「どうすればもっとエコに活動できるか」ということ。エコについてはもともと頭の中にビルトインされている。当たり前にやること。

WWD:ECでショッピングをする人も増えているが?

トゥアミ:全部がオンラインに集約されていっている気がする。買い物だけでなく、今にデートもオンラインでするようになるんじゃないかと思うくらいだ。そのうち外に出かけることが危険に感じられるような世の中になるんじゃないか。でもそれは僕らが望んでいたこと?それは全然違う。だから、ものすごく美しいお店を作って、外に出たくなるような環境をつくり続けたいと思っている。そして僕らは昔からある伝統的な美容法を現代によみがえらせたいと思う。例えば日本に古くからある美容法「うぐいすのフン」を使ったスキンケアは廃れてしまい、生産者がもういない。だから日本へ来たときに「うぐいすのフン」を買い占めたよ。日本だけじゃなくモロッコやベナンなど各土地に伝統的な美容法がある。それに光を当てることで絶えることがなくなる。伝統の中には近代的な製法より効率的なものもある。それを知ってもらいたい。1000年以上続いているものが僕らの世代でなくなってしまうのはもったいない。ノスタルジーではなく、効果があるものなので知ってほしいしと思っている。

WWD:顧客はそうした哲学を支持している?

トゥアミ:僕らは僕らのしていることの正しさを信じているだけ。美しいプロダクトや、素晴らしい接客をしていればモノは売れていく。われわれにとって大切なことは、われわれのセールススタッフが医師のような知識を持っていること。お客さま一人一人の肌状態を見て、正しい形で正しいプロダクトを紹介できれば、それが最良のサービスだと思う。われわれは専門知識だけでなく、カリグラフィーのサービスや美しい所作、そうしたところでも価値を感じてもらえると思っている。どうしても理解できないのが、一番重要な仕事をしているセールススタッフが一番低い給与で働いているというこの業界の構造。一番大切なのは店頭のスタッフ。もしヘッドオフィスの人間全員がいなくなってもお店は続いていくし、何も困らない。僕がいなくなってもお店は続いていく。フランスでは一番給与が高いのは店舗のスタッフ。東京でもその問題に着手していて、給与を上げていきたいと思っている。僕の思考回路は変わっているのかも。僕の人生には幸せの瞬間はあっても、人生全体が幸福に包まれることはないんだ。何かをデザインして模型やサンプルが届いたときが僕の人生の頂点。箱を開けると「なんだこれかよ!」と幸福の瞬間が終わる(笑)––これが僕の人生。

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